下見旅行

私達は、2005年8月に一度、グァテマラのLake Atitlán近辺を旅行している。 拠点として滞在したところは、Santiago Atitlán、他にChichicastenango, Antigua, Guatemala Cityというところを回った。

この時は将来移住しようなどということは露ほども考えていなかった。純粋に 観光旅行として楽しんだのであった。もちろん、この時の印象が悪ければ、将 来の移住計画はなかったであろう。

2006年になってから、真剣にいろいろ考え始めて(移住となるからには、この 過程はそれなりにあるが、ここではそれには触れない。)、まずはスペイン語 学習が必要という意味からも、グァテマラは適地であるとなった。すでに一度 行って親しんでいるということも大きなプラスであった。

グァテマラにスペイン語学校は山のようにあるが、特にAntiguaと Quetzaltenango(Xela)には、集中してある。Antiguaは「グリンゴ1いすぎ」 というのでXelaの方に人気が移りつつある、というのが本当か嘘かは知らない。 ただ、Xelaはたいして観光するところがあるわけでもないと見られているグァ テマラ第二の都市である、というのはたしか。観光目当ての人が少ない分だけ グリンゴが少ないのも確かであろう。

しかし、私達にとって重要なのは、 小さな子供連れで行っても大丈夫かどうか である。

そこに重点を置いていろいろ調査をした結果、 XelaにあるPLQがよかろうということになった。

インターネット等で調査するだけで移住を決めても問題はなかろうと思ったが、 ちょうどそろそろ旅行に行きたかったこともあって、下見旅行をすることになっ た。2006年6月である。

事前にPLQの人とメールで連絡をとって訪問する約束をしていたにもかかわら ず、いざXelaについて担当者に電話をすると、休暇中でいないという。

そんなことは、日本ではめったにないだろうが、米国暮らしをしていた分そう いうことに動じなくなっている。米国の場合は、アポをきちんと遂行すること で利益を得る側はめったにすっぽかさないので、これはちょっとまれなケース である。グァテマラではどうなのか、それはおいおい学ぶことになろう。

「誰か英語をしゃべる人はいますか」と、何とかスペイン語で言えたので、代 理の担当者と話すことができて、無事に学校を訪問して事情を聞く目的を果た せた。まぁ、仮にスペイン語が全然できなかたったとしても、学校に行ってあ あだこうだ言っていれば、同じ人と面会できたに違いないから、約束していた 担当者がいなかったことは、大した問題ではなかったのだろう。

Xelaの町では、「ここに親子三人で移住した場合どういう生活になるか」とい うことを念頭においていろいろ調査するはずだったのだが、「まぁ、なんとか なりそう」といういい加減な感覚をつかんだだけで、後は近所の温泉にいった りして遊んで終わってしまった。

その後、陸路でメキシコへ行って、数年ぶりに San Cristóbal de Las Casas を訪れた。一応、グァテマラからメキシコに移住先を変える場合に備えての予 備調査が目的。SFベイエリアで会うメキシコ人の話の中では、チアパス州はメ キシコでもかなり「ど田舎」と見下されているのだが、観光都市の San Cristóbal de Las Casas に、グァテマラから移動すると「なんと垢抜けした 都会なんだろう」と思ってしまう。QPが通えそうなプリスクールも見学するこ とができ、グァテマラでギブアップしても、ここに移動してくればまず問題な く生活できると確信できた。

  • スペイン語がそこそこに上達するまではXela。
  • その後、そこに住み続けたくなければ、San Cristóbal de Las Casas に移動。

基本的にこの方針に変更無し、ということを確認して下見旅行は終わり。 結果的に、ほとんど観光旅行と変わらなかった。

1. 中南米ではグリンゴという言葉が一般的に全ての「外人」という意味から、 米国人という意味の幅で使われている。ここでは単に「外人」という意味で使っ ている。

(2007年03月21日)

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