ぼろPCは役立つか1

私はUAMでボランティアをしている他に、公立学校の先生達にコンピュータの ことを教えることにも多少かかわっている。USのオレゴンのNextstep Recyclingという団体のPartners in Solidarityというプロジェクトで使用済 のコンピュータをグァテマラに持ってきて、公立学校を中心に配布して役立て てもらおうという企画を進めていて、その担当者のマテオに頼まれて始めたこ とである。

2007年中に2回、そして2008年になってから2回、合計4回クラスを開いて、コ ンピュータの修理の仕方のようなことを少し教えた。私のスペイン語はかなり あやしいが、コンピュータ関連のことを教えるくらいなら何とかこなせる。そ れに生徒さん達は学校の先生達だから、けっこう私のスペイン語力不足を助け てくれる。授業中に「これはスペイン語ではどういうの?」と聞いたりしなが らも、4回のクラスの目的は、なんとかかんとか達成できたように思う。

その後も毎月2回、コンピュータを持込める日というのを設けて、コンピュータ の修理をヘルプするようにしている。また、学校の先生に個人的に助けを求め られたら時間が許す限り手を貸すようにしている。

このプロジェクトに私はまったく疑問がないわけではない。しかし、いろいろ と実態を見てみないことには、自分の疑問点も整理できないし、とにかく関わっ て行きながら考えていくことにしている。UAMでやっていることにも疑問がな いわけではないし、こういう関わり方はそれほど特別なことではなく、100%す ばらしいと思って関わり始めるプロジェクトの方がむしろまれであろう。

PCの品質

まず、USから持ち込まれるPCというのが激しくぼろい。私は72pin simmを使う PCを久しぶりに見たが、USや日本では間違いなくゴミである。ゴミとして捨て る代わりに、グァテマラに持ってきているのであるから、そのPCがゴミレベル のクオリティーであるというのは当然なのだが、それらを見たとき「こんなも のが使えるのか」という疑問を持たずにはいられない。

私の仕事がコンピュータ関連のエンジニアで、仕事上いつも最新レベルに近い コンピュータを使ってきたという事情はある。普通の人は同じPCを4,5年は使 うかもしれないが私の場合はせいぜい2年程度である。そういう私の「使えな い」という感覚が、通常からずれているであろうことは疑問の余地がない。10 年前には私もその様なコンピュータを使っていたし、その時にできた事をグァ テマラの人達が今やる必要があるというなら、その有用性にも疑うところはな いはずだ。

しかし、コンピュータを取り巻くリソースが、グァテマラでは10年前と同じか というとそうではない。グァテマラの公立学校は貧しい、しかし一般の人がみ んな貧しいわけではない。最新のコンピュータも、ビデオカメラもたくさん出 回っていて、高解像度の写真やMP4の動画などというものもあたりまえのよう に存在している。

少し余談になるが、私がUAMで見たパワーポイントのファイルがサイズも巨大 でたいへん重たかったので、どうしてだろうと思って中を見たら、高解像度の 写真がたくさん張り付けられていて、パワーポイントはそれらを縮小しながら 表示していた。この事情を知って私はCCAのサイトを作った時に、アップロー ドされた写真をサーバー側で小さなサイズに自動縮小する機能の必要性を感じ て、それを組み込んだ。写真をリサイズしてからアップロードすることを教え ても、それを徹底させることは難しそうに思えたからだった。

要は、自分のコンピュータのパワーと得られる情報の重さのギャップを調整す ること学んでおかないと、コンピュータは生産性を下げるだけの道具になって しまうということだ。10年前のコンピュータは、10年前のレベルの情報の重さ を処理できるようにしかなっていないわけで、それを今使うには、10年前の人 以上の能力が要求される。

公立学校の事情は異なる。そこには、最新のデジタルカメラなどないし、処理 しようする情報量のレベルは10年前に近いのかもしれない。

学校の生徒達にとってはキーボードやマウスの扱い方を学べる環境があるだけ でも、それがないことに比べたらはるかにいい。古いバージョンとはいえ、ワー ドやエクセルの様なソフトの使いかたを勉強できたら、そんなすばらしいこと はない。

マテオはそう言うし、学校の先生達もそう思っているからマテオのプロジェク トにはたいへん感謝している。

10年前レベルのコンピュータで多少キーボードやマウスに親しんでおくことが 現実的にどれだけ子供達の将来に役立つかどうかはよくわからないが、コン ピュータがオフィス労働の必需品というレベルから「読み、書き、そろばん」 のレベルになっていくのはグァテマラでも時間の問題であることを考えれば、 少なくともコンピュータに対して恐怖心がない大人へと子供達が育っていくこ とは大変重要で、おんぼろコンピュータと言えども、そういうレベルでの教育 には貢献できるところはかなりある。それに、ごくわずかかもしれないが、将 来さらに上の教育を受ける機会に恵まれる子供は、コンピュータ教育に恵まれ た私立学校出身者の中でその遅れを取り戻すのにゼロから出発しなければいけ ないという事態は避けられる。

根本的疑問

非常にうがった見方をすれば、自分達の国でいらなくなったゴミレベルのコン ピュータを無料配布して、「さぁー、援助だ、はやくおれたちの国においつけ」 と言っている様ないやらしさが、このプロジェクトにはある。

第三世界の国々というのは「先進国」に追い付くようにがんばることが義務づ けられているのか。もっと他の道で発展していく方法があるだろうが、現実的 にはコンピュータの様なものは、「先進国」で一般的になったレベルに追い付 くようにがんばって、生産性の点で大きく遅れをとらないよう努めるしかない。 「生産性至上主義のような世界がおかしい」と叫んでみても、それは犬の遠吠 え以上のものにはならない。

「先進国」から「途上国」への援助などというものは、多かれ少なかれ同様な いやらしさが全てにあるものだろう。自分達の「先進国」が「全てにおいてす ばらしい」と思っている人はともかく、そうではないと思っている人達は、何 かしらすっきりしないものを抱えなくてはいけない。そういうことがあっても、 現実的な面でできることをこなしながらその先に何が見えてくるか、援助する 側とされる側が共に探っていく、そういう風に考えて前に進む精神的なゆとり を持てないと何の援助にも関われないだろう。私もこのプロジェクトに関して はあまりうがった見方はせずに、素直に役に立っている側面をみながら、その 先を考えていくのでいいような気がしている。

「コンピュータ教育が重要であることは間違いない、しかし教育の機会そのも のが完全に奪われている子供が多いグァテマラでは、コンピュータ教育よりも もっとやらなければいけないことがたくさんある。」とPLQのマリア・トゥリ ア先生が言っていたのを思い出す。この言葉は、また別の根本的疑問を私に投 げかける。

コンピュータを無料で配布して、私の様なボランティアがそれをメンテナンス していく上でいろいろ助けたりするとしても、学校はコンピュータのために部 屋を用意して、コンピュータを教えるための先生を雇ったりするのにお金をか けなければいけない。そのお金を別のところに使えば、一人でも二人でも、教 育の機会が完全に奪われてしまっている子供達を助けることができるのではな いだろうか。

はっきり言って、私にはよくわからない。そういうことは多分にあるような気 もするが、「そのお金を別のところに・・・」という方向で私にできることは 何もない。自治体や学校が予算をとって、コンピュータ教育をすでにし始めて いる現実があって、それをより有効になるように助けてあげるというのが私 ができる数少ないことなのだから、とりあえずその方向で動いてみるというの でいいのだろうと納得しているつもりだが、100%すっきりしているわけでは ない。しかし、これも前述の事と同様で、やってみながら、その先を見ていく ということでいいのであろう。

現場を見る

class salcaja
教育現場でおんぼろコンピュータがどの位役立つものか、やはり現場を見てみ ないことにはよくわからない。そこで、私は、私のコンピュータクラスにいる 先生達の中で特に熱心な人に頼んで、授業を見学させてもらうことにした。

Xelaの近郊にSalcajaという町があって、そこで臨時雇い的な立場で週二回コ ンピュータクラスを担当しているベンハミンという若い先生は、私のクラスに 来た人の中では最も優秀な参加者だった。彼にとってはクラスで習うことなど 何もなくて、私を助けるために来てくれていたようなものだった。私は、学校 のコンピュータ室のようなところでは、サーバー・クライアントの設定をして、 そのイントラネットの中でメール、ウェブページ、ブログなどを取り扱える環 境を作れば実際のインターネット接続なしでもかなりインターネットのことが 勉強できて有意義であろうと思うのだが、そういうことの面倒が見れる担当者 を見つけるのは無理な気がしていた。しかし、ベンハミンならできるような気 がしてきたので、彼には個人的にネットーワークやサーバーのことも教えるよ うに努めている。彼がモデルケースを作ることができれば、彼に続いてくる担 当者がさらにいるかもしれない。

ベンハミンの担当しているクラスを見学させてもらったが、小学校低学年のク ラスでコンピュータが20台ある小さな部屋に子供が大勢いて、教科書の文字を ワープロソフトでタイプする練習をさせたり、お絵書きソフトで何か描かせて いたり、勉強として教えているというよりも、とにかく遊びながら使わせてい るという感じだった。小学校低学年では、そういう教え方になるのが普通なの だろうと思う。子供達が、とても楽しそうに使っているのが印象的であった。 自分が子供のころのことを考えてみてもそうだが、めずらしい機械に触れられ る様な授業というのは何かわくわくする楽しいものがあるものだ。コンピュー タが身近に使える環境にない子供達が、どのくらいコンピュータクラスを楽し みにしているか、それは私にも想像がつく。特別に深い興味を示し、向学心も ある子供にはもうちょっとじっくり使わせてあげたいものだと思う。ベンハミ ンと一緒にそういう可能性を追求できるなら是非やってみたいものだ。

この学校はベンハミンが優秀なおかげで、20台のコンピュータのほとんどを使 える形で維持していた。それでも、中に4台あるマッキントッシュの何台かは 使用不能で、私がシステムの再インストールをヘルプしようとしたが、CD ROM が正常に作動せず、内部を調べるとここまでひどいのは見たことがないくらい 激しくほこりがたまっていて、密封構造でないCD ROMが故障するのはあたりま えの環境である。たぶんUSで使い古しになった段階で相当ほこりがたまってい ただろうし、その上にグァテマラの激しい環境でほこりが積み重なったのであ ろう。CD ROMを正常のマシンのものと交換することで何とかインストールは実 行できたが、ほこり問題はおんぼろコンピュータとつき合う上では避けて通れ ない重大問題だと実感した。

もう一つ私が訪れたスクールは、ここもXelaの近郊なのだが、幹線道路から外 れかなり田舎という感じのSan Miguel Siguiláにある小中一緒になった学校で ある。ここの担当者の先生はオトニェルという若い先生なのだが、市の職員で 学校の管理を担当しているシラスという人もコンピュータ教育に熱心で、彼の バイクの後ろに乗ってこの学校のコンピュータの修理に出かけたのが最初の訪 問だった。その後、私はシラスの自宅のコンピュータをWindows XPとedubuntu のデュアルブートにしてあげるのも手伝ってあげた。少しでもWindows一辺倒 からフリーソフトに目を向けてもらえるというのは喜ばしいことだ。

ベンハミンの様な担当者がいないとコンピュータの半分以上が動かなくなって しまうというのは非常に起こりうることで、最初はこの学校の10台のうち7台 は動かない状態だった。そのうちの何台かは簡単に修理できたが、ハードディ スクがぼろぼろになっているものがかなりあり、ひどい物は音を聞いただけで 「これはダメ」とわかるくらいにひどい状態だった。マテオのプロジェクトで 持ち込まれたパーツの中から良さそうなものを探し、それらと交換することで 最終的には全てのコンピュータを動くようにすることはできた。しかし、「ハー ドディスクは消耗品」という概念がプロジェクト全体に欠けているのが非常に 問題で、仮に持ち込まれた段階では動いていたとしても、時間の問題でトラブ ルに見舞われることになり、そのトラブルシューティングに追われることにな る担当の先生にはたいへん気の毒な状況だ。

コンピュータはかなり古くても、ハードディスクだけはあまり古すぎないもの を入手するというのはかなり困難である。マテオのプロジェクトでがんばって みても限界があるであろう。使用可能なレベルのハードディスクを大量に寄付 してくれるというような話はどこかにないものだろうか。とにかく、今の状況 では、半死にのハードディスクにつき合わされるための苦労が耐えない。苦労 して解決できるのならまだいいが、コンピュータ担当の先生達にとっては手に 負えない問題となることが多く、せっかく作ったコンピュータ室もそこにある 半分以上のコンピュータが動かないという悲しい事態に陥ってしまう。

私が、クラスを見学するためにSan Miguel Siguiláの学校を訪問した時には、 そのちょっと前に泥棒が学校に入られて一台持っていかれる事件があり、コン ピュータが9台に減ってしまっていた。ここには中学校もあるので、もう少し レベルの高いことも教えているだろうかと思ったのだが、私が見学した時には 中学校の生徒もごく基本的なことをオトニェルから習っていた。ここは部屋の 広さの割にはコンピュータが10台と少ないので、Salcajaよりは整然とした感 じで授業が進められていたが、小さな子供達がやってきた時に子供の遊び場的 雰囲気に近いものがあったのは同様だった。

シラスの様な市長とも交渉できる人が熱心であることがこの学校の強みで、シ ラスは午後や土曜日に社会人向けクラスを開くことも計画しているようで、ど ういうクラスがそこでできるのか、それもまた興味深いところである。

この二つの学校を訪問したことはコンピュータのクラスを見学するということ 以外でも私にはいろいろと勉強になった。Salcajaはキチェ語を話す地域の中 にあり、San Miguel Siguiláはマム語を話す地域の中にある。キチェ語、マム 語というのは、両方ともマヤ語の一つであり、インディヘナスの人達の間では 広く使われている。QPのスクールの様な都会にある私立学校では、スペイン語 以外の会話を聞くことはないが、少し田舎の公立学校となると状況は全然違う ということがよくわかった。

ベンハミンの母語はキチェ語で、オトニェルの母語はマム語、二人共地元のイ ンディヘナスの言葉が母語であるから、生徒達との会話が自然とそういう言葉 になっていた。San Miguel Siguiláはより田舎であるせいか、マム語が飛び交 う頻度が高く、私にはまるっきりわけのわからない会話がかなり聞こえてきた。

キチェ語、マム語のようなグァテマラの中のマヤ語では主要な部類に属する言 語は、まだまだ何世代かは守り続けられることはたしかなようだ。

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