ぼろPCは役立つか3

各学校への訪問修理

INEPASにプログラムを作ってもらって、配布されているコンピュータの修理の 目的で各学校を訪問することにした。6月、7月の間には合計9つの学校を訪問 した。

ほとんどの学校にcomité(コミテ)とよばれる、学校運営委員会の様なものが あり、そのcomitéで学校の環境を改善するための活動を行っている。私が学校 を訪問する時は、たいていcomitéのメンバーの人が、Xelaに私を迎えにきてく る。車で来てくれる時もあるが、バスの時も多いので、私は自分で持てる範囲 に修理パーツを厳選して持っていくようにしている。

comite
学校の前に立つcomitéメンバーのおばさん達と修理パーツの入っ た私の荷物

学校はたいていXelaから30分程度バスに乗ったところにあるが、いずれもXela とはまるで違うのどかな田舎の風景が広がる場所にある。私はいつもQPをつれ てきて遊ばせてやりたくなる。「ここに娘も連れてきたかったなぁー。」と こぼすと学校関係者はみんな「今度、是非一緒に連れていらっしゃい」と言っ てくれるのだが、QPも学校があるので今までのところまだそれは実現できてい ない。

配布されているコンピュータは例によってボロコンピュータなのだが、「激し くボロい」か「少しボロい」かは、学校によって異なる。配布する方も「ボロ さ具合」を均一化して配布する余裕はなかっただろうから、USから送られてき たものを動作確認して次々に配布していったのであろう。運がいい学校は「少 しボロい」コンピュータをもらえて、運が悪い学校は「激しくボロい」コン ピュータをもらう羽目になったのだろう。

配布されている台数も10台くらいから25台くらいまで、かなり学校によって差 がある。小さい学校でもたくさん配布されていたりするので、どうやってこの 台数が決められたのかよくわからないところがある。たぶん学校からの申請を INEPASが審査して決めてきたのであろう。私の訪問レポートは次の配布を決定 する時の参考資料になるだろうが、それが書類審査だけによる不公平感を多少 なりとも軽減するのに役立ってくれればいいと思う。

私が授業を観察して受けた感じでは、25台というのは一人の先生が扱える限界 に近い。小学生位の年頃では、先生が出した課題をおとなしく黙ってこなして いくというのは無理で、先生が注意深く子供達を指導していないと、あちこち で授業と関係ない遊びを始める子供が出始め、そういう子供がまじめにやって いる子供を邪魔して、という具合でかなり収拾がつかない状態になっていた。

ほとんどの学校が何台か動かない状態になっているコンピュータがあり、それ を修理を試みることが私が最初にすることである。たいていなんとか修理でき るのであるが、中にはスペアパーツがないので修理不能な場合がある。特にモ ニタが壊れている場合は、ほとんど修理のしようがなく、かといって交換する モニタを持っているわけでもないのでどうしようもなくて困る。明瞭度がかな り落ちて非常に見にくくなっているモニタを子供達が眺めているのには、子供 達の目の健康のこともあるし、何としてあげたいと思うのだが、「極力使わな い方がいい」と担当の先生に忠告することしかできない。

学校関係者はみんなとても私に親切にしてくれて、10時ごろにおやつを用意し てくれて、午前中だけで作業が終わらない場合は昼食も用意してくれる。もち ろん、「ボランティアで修理に来てくれるありがたい人を大切にもてなさなけ れば」ということが共通してある基本である。

ある学校では、私を各教室に連れていって、そこで授業を受けている子供達に 歓迎の挨拶をさせてくれたりもした。私が教室に入るやいなや、教室内の全生 徒が立ち上がって声をそろえて「ようこそいらっしゃいました」と言う姿には、 ちょっと「しつけられてるな、この子たち」と感じるのを禁じ得なかった。ち なみに、その学校は25台のコンピュータと最大数のコンピュータの配布を受け ていて、おまけに他の学校はもらっていないレーザープリンタまで配布しても らっていた。そのことと「しつけられている子供達」が関係あるかどうかはわ からないが、援助物資をたくさん獲得するテクニックというものはあって、そ れに長けた学校運営者がより多くを獲得できるというのはあるだろう。

私達の存在がそういうテクニックを研かせていて、生徒もその下でしつけられ ているとしたら、それは悲しい事態である。常にいろいろ矛盾も感じながら行 動しているのであるが、学校訪問もその例外ではない。

悪用を避ける方法

INEPASのマリアさんから得た情報では、このプロジェクトでコンピュータを配 布された一つの学校が、コンピュータのクラスを有料化して、それも参加を義 務づけて実施しているらしい。そんなお金を払う余裕のない家庭からは、「そ んなもんを要求されるならコンピュータルームなんか学校に作らないでくれ」 という当然の苦情が出ているということだ。一部の学校関係者が私腹を肥すた めにやっているとしたら、それは許し難いプロジェクトの悪用である。コン ピュータを教える先生の給料をひねり出すための苦肉の策としてやっていると しても、プロジェクトの趣旨を理解していない悪用である。

マリアさんは「マテオが勝手に配布をした学校がいくつかあり、そういう学校 はINEPASの厳しい審査プロセスを経てないのでこういう問題を起こす」と言っ ていたが、マテオの言い分を聞いていない私としては一方的にマテオに責任を 押しつけるわけにはいかないと思う。しかし、「厳しい審査プロセス」という のが必要だという事には同意できる。

INEPASでは主に次の様なことを審査している。

  • コンピュータを本当に必要としているか
  • 受け入れる準備はできているか
  • コンピュータルーム運営委員会と安全管理委員会は組織されているか
  • 生徒達に公平に機会が与えられるか
  • コミュニティの中で同意が形成されているか

書類審査が中心なので限界があるが、少なくとも招集されたミーティングに出 席して細かい記述が要求される書類を提出する熱意がない学校はその時点でふ るい落とすことができる。

私も何回かミーティングに参加したが、参加している人達を観察すればコミュ ニティを上げて取り組んでいる熱意があるかどうかはかなりわかる。「一部の 学校関係者だけではなくコミュニティ全体での取り組みになっていればいるほ ど、プロジェクトが腐敗する可能性は少ない。」というのは非常にもっともな ことで、そこのチェックが悪用を避けるポイントである。マリアさんはかなり 官僚的とも思えるほど書類提出やミーティング参加を厳しく要求するが、それ も彼女の長い経験から必要と思って行っていることであろう。

私には依然として「そこまでして小学校にコンピュータルームを作る必要があ るか」という疑問があり、コミュニティを上げての熱意で取り組むべきことは 他にあるような気がしてならない。しかし、それは悪用とは関係のない別問題 で、かつ今のところ私にはすっきりとした解答がない疑問である。

INEPASの審査プロセスを経ないで、マテオから直接配布を受けた様に見える学 校でもまじめに取り組んでいるところはある。マリアさんの方針では、そうい うところに対するサポートは新たに正式な申請が出てこない限り切っていく方 向のようだ。INEPASとしてはそうするのもやむを得ないところだろうが、ここ 1年近くの成行きで間に入ってしまった私には難しい問題がある。

例えば私が以前に訪問したSan Miguel Siguiláのオトニェルのいる学校は、い ろいろ話を聞いてみるとどうもINEPAS経由で配布を受けたようではないようだ。 オトニェルが自腹でバス代を払いながらEntremundosにやって来るので、「ど うして学校が負担しないのだろう?」と疑問に感じていたが、コンピュータルー ム運営委員会が学校に組織されていないので、いったい誰にどうやって請求し ていいかもわからないという現状のようだ。これではオトニェルの個人的熱意 だけに頼り、さらにそれを不当に搾取しながらコンピュータルームを運営して いるということになろう。INEPASの審査プロセスはこういう状況を避けるため に重要で、INEPAS経由以外の配布形態が存在したのが問題であることは間違い ない。

しかし、オトニェルにしてみれば、私がグァテマラを去った後は一切のサポー トを受けられない状況になり、コンピュータが動かなくなっていくにしたがっ てコンピュータルームは運営不能になり、そうなると自動的に彼は仕事を失う。 彼の学校のディレクタが委員会を組織して、INEPASに正式な申請をしなおす以 外に今後のサポートを保証していく方法はないので、私はオトニェルに学校の ディレクタに話をして要求するように言っておいたが、臨時雇いのコンピュー タ担当教師の彼の要求が通るかどうか。最後にもう一度彼の学校を訪問するこ とにして、私からも関係者に力説してあげることにしようと思っているが、そ れが私がしてあげられる範囲ではそれ以上の事はできない。

新しいコンテナを待ち受ける

USのオレゴンにあるマテオの組織から新しいコンテナが届くことになり、私達 はそれを受け入れる準備を始めている。約300台のリサイクルされたコンピュー タが届く予定なのだが、そのうち何台かは輸送中に壊れていると見なければな らず、それの修理や、動作確認後のコンピュータを公立学校に分配する手配など、 いろいろな仕事が山積みである。

INEPASのマリアさんと、「私の友人であろうと、マリアさんの友人であろうと、 そういう理由で配布することは一切しない」ということを確認し、INEPASの書 類審査を正式に通過した学校に限り配布することで過去と同じ様な混乱を作ら ない様に努めることにしている。

新しく配布を受けることや、追加の配布を受けることを申請している学校の中 には、自分達の学校がコミュニティー上げてのプロジェクトとして取り組んで いることを評価してもらうために、事前にINEPASに視察を依頼してくるところも ある。

先日、その一つの学校をマリアさんと一緒に視察した。そこは以前私が修理の ために訪問したことのある学校であったが、以前は狭い部屋に目一杯コンピュー タを詰め込んだ感じで、コンピュータの授業はひしめく子供達で少し大変な様 子であった。そういう点を改善するために、その学校ではコンピュータ室にもっ と広い部屋をあてがい、その部屋の防犯を強化すべくコミュニティの人々がボ ランティアで鉄製の扉をつける工事をしているところであった。学校とコミュ ニティが協力して非常に熱心にプロジェクトを運営していることは一目でわか り、そういうところを視察して欲しかった気持ちはよくわかった。

一方で、以前コンピュータ室に使っていた狭い部屋が子供達の通常の授業の部 屋になっており、そこは通常の授業のためにも少し狭そうで、これではコン ピュータ授業のために通常の授業が犠牲になった感じを持たざるえない。少し 複雑な気持ちになりいろいろ考えた。私の意見では、コンピュータ授業は通常 の授業を犠牲にしない範囲でするべきだと思うが、こういう価値判断は現地の 人達が自分達で考えていくのにまかせたのでいいような気がする。彼らが、 「やっぱりコンピュータ授業はそれほど重要でない」と思えばまた元に戻すで あろう。彼らにそういう価値判断能力がないと考えるのは、「先進国」の人間 の思い上がりで傲慢であろう。

より大事なことは、コミュニティがプロジェクトを運営する力を持つようにな り、その中で新しいリーダーも育ってきていることで、私達のプロジェクトが 一つのきっかけになってそういう新しいコミュニティの力が生まれていること はすばらしい。内戦時、徹底的にコミュニティが破壊され、コミュニティのリー ダーの多くが虐殺されてしまったインディヘナスの村々にとって、これから先 何十年とかけて自分達のコミュニティを再構築していくことは大きな課題で、 それがグァテマラという国をよくしていく上でも最重要な事である。

グァテマラのインディヘナスのコミュニティは500年に及ぶスペインの支配下 でもその力を綿綿と失わないで保ち続けてきた。それをここ数十年の外国勢力 の介入による軍事支配で徹底的に破壊しつくしたのであるから、今その外国勢 力が反省するなら、そのコミュニティの力の再構築に貢献することを第一に考 えた援助をすべきである。自分の貢献しているプロジェクトがそこにつながっ ていると考えることができれば、それは決して無駄ではない。

簡単な事の様だが、私は1年半のグァテマラ生活の終わりの方になってようや くこのことを理解した。

コンテナ到着

10月2日、ついに待ち受けていたコンテナが、Xelaの隣町のCantelにある倉庫 提供家族の家に届いた。倉庫提供と言っても、普通の家が提供してくれる場所 で、屋根つきパティオと小さな物置小屋などを提供してもらうだけで、300台 のコンピュータを受け入れるには、かなりぎゅうぎゅうに詰め込む必要がある。 大型トラックが駐車できる場所から、その置き場所まで50m近く、細い路地を 人手で運び入れるために老若男女30人近くのボランティアが集まって、途中か ら土砂降りの雨になる中、懸命に作業を続け、夜の7時すぎになってようやく 全てを運び込むことができた。

1年以上のボランティア活動を通しての信頼から、私は今回のコンテナ受け入 れに関しては現場総監督をまかされていて、この運び込み作業に関しても、ど こに何を積み上げるかを運び込んでくれる人達に指導しながらコンピュータを 傷つけないでうまく詰め込むでいくことを担当していた。しかし、小柄な人達 が多いインディヘナスの人達が雨の中をあえぎながら運び込んで来てくれるの だから、自然と「ご苦労さん」と言って受け取ってそれを置くべき場所に積み 上げるという作業を請け負う事になる。これがかなり重労働で、特に重いCRT のモニタを頭の上の高さまで積み上げるというのはきつい仕事だった。ふと気 がついたら私のシャツは雨の中で作業している人と同じくらいに汗でびっしょ り濡れていた。

さすがに作業が終わった時には疲れ果てていたが、近隣から集まった大勢のボ ランティア作業者達の熱意と期待を感じながら、久しぶりの肉体労働で流した 汗には心地よい物があった。

それにしても300台というコンピュータは想像していた以上のボリューム感だっ た。一昔前の大型ケースの本体と重くてかさばるCRTモニタが数集まるとどう なるか、一昔も二昔も前の時代から、趣味も仕事もコンピュータにしてきた私 には十分想像力があって当然だったのだが、その想像力も300台を越えるとこ ろには及んでいなかった。これを全部動作確認して各学校に配布していくとい う作業を3週間やそこらでできるのか、ちょっと自信が揺らぐ。

幸い、この倉庫提供家庭にいる高校を卒業したばかりのエドウィンという若者 がフルタイムで手伝ってくれるし、ベンハミンも彼の手が空いている時間には かけつけて手伝ってくれることになっている。この二人に加えて、USから2週 間程度の期間ボランティアに来てくれることになっているカップルと私の合計 5人が主力メンバーとなって作業をすることになっている。なんとかなるとは 思っているのだが、これからしばらく、久しぶりに忙しい日々になりそうだ。

動作確認作業

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monitors
山積みのコンピュータの中から一台ずつ取り出して、動作確認をしてさらにい くつかの教育ソフトをインストール作業というのは、それほど大変な作業では ないが、作業にかかる最低時間は短縮できないので一日に処理できる台数は限 られる。作業者4人で一日に60台程度がやっとである。私達作業者は毎日バス でCantelの保管場所に通い、なんとか1週間で全数の動作確認をこなした。

未処理の山積みから取り出して、処理済みの新しい山積みを作っていくという 事が、場所に余裕がない場合はけっこう大変で、「ここから山をくずしていき、 ここに新しい山を築いていく」という様なことを事前によく考えながら計画的 に作業を進める必要があった。写真にも子供が写っているが、保管場所の家庭 には小さい子供がたくさんいる。何かの間違いで重いものが崩れ落ちて子供を 怪我させるような事があっては大変で、不安定な積み上げにならないように注 意することも重要なことだった。

今回は送り手の団体側で、極端に古いPCやマッキントッシュが混じることを避 ける様にしてくれたようで、Pentium IIIレベルでメモリは256MBのPCでそろえ てくれていて、これは大いに助かった。OSもWindows 2000のスペイン語版を全 てのマシンにインストールしてくれているので、時間のかかるシステムインス トールの作業を私達が負担する必要はなかった。私達の側でインストールした のはChildsplay, gcompris, tuxpaint, tuxmath, tuxtypeの5種類のスペイン 語に設定できる教育ソフトだった。

他に、HPのレーザープリンタが18台あったのだが、トナーカートリッジはかな り高価だと思うが、そのランニングコストを贈られた学校側は負担できるかど うか、少し不安である。交換用のトナーカートリッジも12本含まれていたが、 私達が動作確認して時点ですでにその中から3本使う必要があったから、残り は9本。これで全てのプリンタを贈られた学校をサポートするのは難しい。当 面、プリンタは極力節約して使うように徹底してもらうしかないだろう。

早く各学校に配れるようにと思って、がんばって10月12日までに動作確認作業 とできる限りの修理作業を終了したのだが、この時期学校側は年度末試験をやっ ている時期で先生達は大忙しで、なかなか受け入れ準備を整えることができな い。結果的に、私達は少し中休みを取ることになった。

配布作業

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配布時には、各学校が小型トラックで作業者を何人か同行させてやってくるの で、その学校がINEPASと交わした書類を確認した後、書類に記載されている台 数分を持っていってもらうだけである。初めて配布を受ける学校が設置に自信 がなくて、学校へ同行することを頼んで来た場合は、一緒に学校までいく場合 もある。ある学校にそれを頼まれた時など、別に忙しいわけではなかったので 気軽に了承してついて行ってあげたのだが、その学校がとんでもない田舎の方 にあり、悪路を行ったり来たりするのにかなり時間を要してしまい、昼ごはん を食べる間もなく午後の約束に向かって走らなければならなかった。

以前にたいへん古いタイプのPCやマッキントッシュの配布を受けている学校は それの交換を依頼をしてくる事があり、そういう学校から返却された物をどう 扱うかが少しやっかいである。全てをゴミとして処理してしまえば楽だが、中 にはまだ使える物もあるかもしれない。時間ができた時に多少調べてみるつも りだが、おそらく大部分はゴミとして処理しなければならないだろう。ゴミは しばらくこの倉庫提供家庭の庭にある小屋に保管してもらって、そのうちにま とめてグァテマラシティーにあるリサイクル業者のところに持っていく予定に している。

配布作業進行と同時に私がグァテマラを去る日も近づいてきた。INEPASのマリ アさんの呼びかけでSalcajáとCantelの二つの地区で私のための送別会を開催 してくれた。その地域の人々が集まって心のこもった催しを私のためにわざわ ざ開いてくれたのには感激であった。贈り物もいろいろもらって、少し出費を させて悪い気がしたし、少しでもお金があるなら子供達のために使って欲しい という気もしたが、これも学校関係者の温かい気持ちであるし、こういう場合 の小さな贈り物は一つの習慣であるようだから、ありがたくいただいて来た。 これで、私のグァテマラ生活の記念の品物が一気に増えた。

送別会で挨拶する時に私は、「私の後はプロジェクトを維持していくテクニカ ルなリーダーとしてベンハミンがいるから、彼をみんなで支えてがんばって欲 しい」と言う事を忘れない様にして、外人ボランティア依存からグァテマラ人 で維持運営していける体勢への移行を促しておいた。外国からの援助で始まる プロジェクトはなかなかそういう風には移行していけないものであるが、この プロジェクトはうまくいく例になることができるかもしれない。

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