親子三人、グァテマラに住む |
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Xelaでの暮らし |
グァテマラ在住者のキューバ旅行旅行計画と準備3ヶ月に一度のグァテマラ滞在許可更新旅行の行き先をキューバにすることは、 かなり以前から狙っていて、Lonely Planetのキューバ本もかなり前にXelaの 古本屋で購入して多少の研究はしていた。もちろん日本からキューバ旅行をす ることに比べればはるかに安く旅行できるのだが、それでもキューバ旅行はか なり費用がかさみそうで、安上がりの旅行にするにはどうするのがいいのかを 考えることが最初の課題だった。 ヨーロッパやカナダからは、往復航空券にホテルも全部含んだパッケージを買 うのがかなり安上がりなようだが、グァテマラからはそんなパッケージはあま りなさそうだ。たまに新聞で、TACA航空がそういうパッケージの広告を出して いるようだったので、多少は新聞広告に目を光らせていたが、なかなか私達が 利用できそうなものはなかった。 結局、グァテマラ−ハバナ便を週2回運航しているCubana航空を利用して、QPの 学校が1週間休みになる6月の終わりの時期に合わせて旅行することにした。ま ずは航空券の手配ということで、CubanaのWebサイトでトライした。最初にUS の銀行のクレジットカードで支払おうとしたが支払いが拒否されたと言われて 購入できなかった。US政府が、キューバとの商取引を禁止しているのであるか ら、これは十分ありえることだと思って、続いて日本の銀行のクレジットカー ドで試みた。今度は拒否されることはなかったが、支払い確認のボタンをクリッ クしても何も表示されず、はたしてちゃんと購入できたのかよくわからない。 Web上では、どうあがいても何も確認できそうになかったので、Cubanaのグァ テマラオフィスに電話するしかなかった。航空会社のオフィスの電話なら英語 をしゃべるだろうと思って「英語をしゃべるか」とまず聞いてみたが、「英語 はしゃべらん」と言われてしまった。グァテマラオフィスだからそういうこと もあるか、と思ってがんばってスペイン語で用件を伝えたら、「翌週の月曜に なったら調べがつくからもう一回電話し直してくれ」と言う。 普通のWeb購入に慣れている身には、翌週の月曜まで調べがつかないというの はどうにも不可解なことであるが、この辺がすでに「キューバ」なのかもしれ ないと思いながら言われたとおりに翌週の月曜まで待つことにしていた。そう したら、翌週の月曜の前日にCubana航空から確認のメールが来て、もう一回電 話をする必要はなくなった。成行きを考えると確認メールだけで大丈夫だろう かという一抹の不安もあったが、クレジットカードのアカウントを調べたらちゃ んと購入金額が引き落とされていたし、後は発券されていることを信じて計画 を進めることにした。 宿泊に関しては、キューバには基本的には安宿と言われる類のものはなく、そ れなりに高いホテルを利用するか、Casa Particularと言われる比較的安い民 宿を利用するかの選択になる。安い選択肢があるなら私達は当然そちらだとい うわけで、Casa Particularを探すことにした。Lonely Planetに載っていた http://www.casaparticularcuba.orgでハバナの宿を適当に選んで最初に2日分 の予約を頼んだら、「状況を調べてすぐに連絡します」という返事が来た。こ こまでのレスポンスは良かったので、信用して待っていたがいっこうにその後 の連絡が来ない。催促メールを出してみたが、それに対する返事もまったくな い。どうもあてにならないことがわかったので、 別のCasa Particular情報ページ で調べて、直接電話をして予約をいれた。最 初からWebやメールで予約ができるなどとは思っていなかったので、これには あまり驚かなかった。 航空券と最初の2日分の宿の手配が完了すれば、それ以上事前に手配しなけれ ばいけないものはない。だいたいの行動計画は立てておくとしても、状況次第 で適当に対応したいし、Casa Particularは山の様にあるらしいから現地に入っ て2日もすれば探すのに苦労はないはずだ。 Cubana航空航空券の購入時からいろいろあったこの航空会社だが、実際に乗ってみるとい ろいろと他の航空会社では味わえない新鮮な体験ができた。 まずグァテマラの空港でCubanaのカウンタにならんで気がついたが、どこの航 空会社のカウンタにも必ずあるコンピュータの端末がない。コンピュータなし でどうやって私達のe-ticketは処理できるのだろうと不安になるが、とにかく 私達の順番を待ちパスポートを渡してe-ticketの旨を伝える。すると係の女性 は、2つほど離れたカウンタに行って、そこの机に置いてあった搭乗券の束を 握り私達の名前を探し始める、ほどなく私達一行3人分の搭乗券を見つけ出し てこちらに戻ってきた。「なるほど、このローテク方式だったのか」と思うが、 週2回のグァテマラ−ハバナ便しか扱わないのであれば、意外とこのローテク 方式の方が経費節減になっているのかもしれない。 搭乗券をもらってみると、そこには座席番号など書いていない。どうやら好き なところに座っていい方式のようだ。こういう方式の航空会社を私は一つだけ 知っている。それはUSのサウスウェスト航空で、ここは徹底した合理化で無駄 なところに一切金をかけない。フライトアテンダントもTシャツの兄ちゃんで ある。その分航空券の値段は安いというわけで、利用者にしてみればそれなり に納得の行く運営である。Cubanaの方は別の理由からであろうが、こちらも自 由席だからと言って特別な混乱はないようであった。 ハバナからグァテマラに帰る時には、さすがにハバナの空港からはCubanaの飛 行機がたくさん飛んでいることもあり、登場手続きのカウンタではコンピュー タ端末で処理をしていた。この時は、ちゃんと搭乗券に座席番号が印刷されて おり、それも最初に印刷された搭乗券では、QPが親と離れた席になっていたの でわざわざもう一度発券し直して3人ならびにしてくれた搭乗券だったが、い ざ飛行機に乗ってみたら、やっぱり自由席だった。
何と言っても最大の驚きだったのは、コスタリカのサンホセ経由でハバナに行 くと思っていた飛行機が直行でハバナに行ってしまったことだった。私が CubanaのWebで航空券を購入した時はサンホセ経由としっかり書いてあり、所 要時間も7時間で朝グァテマラを出ても到着するのは夕方の5時50分ということ だった。確認のe-mailにも同じ到着時刻が書かれてあった。ところがグァテマ ラを出た飛行機はそのままハバナに直行して2時間半の所要時間で着いてしまっ た。着陸直前の機内アナウンスを聞くまでは、サンホセに向かっているものと 思っていただけに、これにはかなり面食らったが、早く着く方で驚かされるの は悪いことではなく、おかげでその日に少しハバナの町を見る余裕ができた。 帰りの便でも何かとんでもないことがありはしないかと警戒したが、そちらの 方はWebの情報のとおりの運航だった。 第一印象ハバナの空港について旅行案内所の様なところで、「ただでもらえる地図の様 なものはあるか」と聞いたら、ぶっきらぼうに「ない」という返事が帰ってき ただけだった。ただでもらえる地図だの観光案内などが豊富にあるのは、そこ についている広告媒体があるからで、そういうものがほとんどないキューバで は「ただでもらえるもの」を期待する方が間違っているのかもしれない。考え ようによっては、無駄なものをバラまかない分だけエコであるとも言える。 ぶっきらぼうな対応は、日本の様に異常なまでに丁寧で愛想のいい対応があた りまえのサービスである国から来ると面食らうかもしれない。しかし、私がい ろいろな国で経験したところでは、普通の人の日常生活の場では無愛想な対応 のサービスというのはそんなに珍しいことではない。日本の様な国は例外であ る感じがする。ツーリスト産業に力を入れている国では、空港の案内所くらい はかなり愛想よくサービスしてくれるものだが、キューバはその例に入らない ようだ。キューバでは、空港の案内所から町の食料品店まで、人が公式に仕事 をしている場では一貫して無愛想で特別親切なサービスは期待できないようだっ た。一方で個人的で非公式な場になると人はたいへん愛想よく親切であり、そ の落差が激しいのは特徴かもしれない。 ハバナに着いて町を歩き始めて5分も立たないうちに体中から汗が噴き出てく る。最高気温が30度をちょっと越える程度と聞いていたので、「それほどこた えるものでもなかろう」と思っていたのだが、気温だけでなく湿度もかなり高 く、それに照りつける日差しも強い、何か日本の夏の一番暑い日に近いような 感じだ。2300mの高地のXelaでは日差しは強くても気温がかなり低いので、こ の様な暑さを経験することはない。最近経験したことのない暑さに、私達は少 しまいってしまい、頻繁に日陰を求めて休憩しながら歩くことになった。 私達はグァテマラのXelaに住んでいるので、町の中の道のひどさには相当慣れ ている。そういう身からすると、La Habana Vieja(オールド・ハバナ)の町 の道路はそんなにひどくない。車道の方はハバナの方がひどそうだ。舗装が壊 れているところなどたくさんあり、でこぼこが激しいから車はあまりスピード を出せない。それは歩行者にとっては、スピードオーバーの車に怯えなくてい い分、むしろありがたい。さらにほとんどの車が大変古いこともスピードがあ まり出せないことの一因になっているかもしれない。キューバの運転免許保持 者に対する安全運転教育の内容がどのようなものかは知らないが、「そんなも のはほとんどないに等しい」グァテマラと比べたら、それもまともなのではな いだろうか。とにかく、一歩行者となって道を歩いてみた感じでは、あまり恐 怖感なく歩くことができた。 Xelaでは、小さな交差点と言えども、歩行者など全く見ずにスピードを落とす ことなく進入してくる車がたくさんいるので、常に気を抜けない。グァテマラ のひどさは、「ひき逃げしてもたいていつかまらない、仮につかまっても賄賂 でなんとかなる」というような国であるところも大きく原因しているだろう。 歩道の方は、はっきりとハバナの方がいい。これもグァテマラの町がひどすぎ るところが大きいのだが、段差や穴ぼこの数はXelaの歩道はハバナの比ではな い、それに狭い歩道で行く手をふさぐ様に電柱が立っていることなどはハバナ では決して出会わない。犬の糞はハバナでもXela並にころがっていて、足元に 注意が必要な点は同レベルだった。
なによりもグァテマラに比べて優れている点は、その犯罪率の低さで、凶悪犯 罪などはほとんどないということなので、安心して町を歩ける。日本から訪れ た人達には、これは別に特別なこととは思わないだろうが、グァテマラの様な 国から来ると、これは驚異的なことに感じる。政府の腐敗と組織的暴力の横行 には深い関連がある様な気がするが、とにかくグァテマラではまともに組織的 暴力と闘おうとする政治家がいるとすぐに暗殺されるし、今のキューバのレベ ルの安全を市民に保証するというのは夢物語である。 総合して、ハバナの町に出た第一印象はそんなに悪くない。暑いことにさえ慣 れれば、とても快適に歩ける町である。 二重通貨
キューバとそこに観光客を送り込む金持国の圧倒的な経済格差がある現実で、 キューバ人を外国人がもたらす金の力から守ると同時に、金を持っている外国 人からはしっかりとお金をとってキューバ経済に貢献してもらうために、この 大変混乱させられる通貨システムが導入されているのであろうが、その狙いが 成功しているのかどうかには多少疑問がある。 そもそも観光客はCUC、キューバ人はMNという風に完全に使い分けることは不 可能で、MNが使えれば何でもかんでも大変安く買えるとなると、観光客も何と かしてMNを使おうとする。逆にキューバ人の中でもうまく外国人相手に商売を するとCUCをたくさん入手することができる。実際ハバナでは、私たちは極力 MNを使うようにしてお金を節約させてもらったし、MNで商売をしている店に明 らかに外国人である私達が行っても外国人だからと言って販売を拒否される様 なことはなかった。また、キューバ人がCUCで買い物をするのも別に珍しいこ とではないようだった。 ハバナあたりでは、この二重通貨システムがなければ、観光客のもたらす金の せいで物価が上がってしまってキューバ人が生活できなくなるということはあ るのかもしれない。CUCとMNがかなりごちゃごちゃになっているようでも、そ れなりに機能している部分もあるのだろう。 「外国人はCUCのみを使うべし」というキューバ政府の言いつけを素直に守っ ているとキューバでの滞在費は大変高くつく、そうは言っても日本の様な金持 国の人にとってはべらぼうではないから、キューバ経済に貢献してあげるのも 悪くないかもしれない。しかし長期滞在などを考える人にとってはMNを使いこ なしていくことは必須課題であろう。MNが全面的に使えれば生活費はたぶんグァ テマラよりも安くなるだろうが、全面的にと言うのがはたして可能かどうかは 不明。 公共交通今回の旅行では長距離公共交通を試す機会には恵まれなかったので、ハバナ市 内の短距離公共交通だけの話になる。 ハバナ市内で使える公共交通機関はタクシーかウアウアと呼ばれるバスである。 もう一つ選択肢があるとすると、それはヒッチハイクで、時にはそれにたよる しかない時もある。タクシーは外国人が合法的に使えるものとそうでないもの があるが、いずれにしてもそんなに安くならない。非合法なものを使っても最 低料金が2CUCくらいからになる。たぶんキューバ人ははるかに安い値段で使っ ているのであろう。とにかく、タクシーを頻繁に使うとあっちこっちに移動す るだけで大変な出費になってしまう。 非合法タクシーというやつは、基本的に全ての車がそれになり得る。これもた ぶん「外国人を乗せればCUCがかせげる」ということで、みんな副業的にやっ ているのであろう。私達がタクシーを探していた時もその様子を目ざとく見つ けた一台の車の運転手が、さっと「タクシー」という札を車のフロントガラス に出して、即席タクシーに変身してしまった。
バスにどの様に乗って、どこで降りればいいのか、確実な情報はどこで得るこ ともできない。ただ、ひたすら人に聞きまくるのが唯一の手段である。 例えば私達がレーニン公園に出かけた時、宿のおばさんからバス停の場所と P-8のバスに乗れという情報は得ていた。しかし、降りる場所はどこか、別に バス停に名前があるわけでもないから宿のおばさんもはっきりとは言えない、 「とにかくレーニン公園の近くで降ろしてもらえ」とそれだけである。言われ たとおりにP-8のバスに乗って、後はバスに同乗している人に一生懸命聞く。 たくさん乗っている乗客の中には必ず超親切な人が一人や二人はいて、そうい う人が降りるべき場所を確実に指示してくれる。いっしょに降りる人の中にも たいてい親切な人がいて、そういう人がさらにそれからどう歩くべきかという 様なことを指示してくれる。 レーニン公園に行くには実はP-8からP-Cに乗り換えないといけなくて、その乗 り換えも100mくらい離れたバス停に歩かなければいけなかったので、簡単では なかった。しかし、超親切なおばさんがいてくれて、私達を乗り換えバスのバ ス停に連れていってくれた。P-Cに乗ったらまたどこで降りたらいいのかさっ ぱりわからないが、人に聞けばそこにも必ず親切な人がいる。P-Cを降りたら 今度は親切なおじさんがレーニン公園の方に行く道を丁寧に教えてくれた。 バスに乗るということは、とにかく一事が万事この調子で、スペイン語ができ なければ右往左往すること必至である。簡単な場合は右往左往しながらでもな んとかなるだろうが、乗り換えなどが入るとかなり難しいだろう。 「激しく混雑するバス」というやつは私達はグァテマラで慣れているのでたい して苦にはならなかった。日本の通勤電車に慣れている人も、「この程度か」 と思うかもしれない。いつも自家用車に乗っている様な人にとっては、かなり 苦痛だろう。グァテマラの様に「バス強盗にあった時のための・・・」という 用心はしなくてもいいし、スリの様な犯罪も少なそうなので気は楽だ。しかし、 スリに関してはハバナでも多少の注意は必要なようだ。 「うだる暑さ」というやつが私達には慣れてないので少し試練であった。これ と超混雑が重なるとけっこうきつい。最悪の状況で長時間の乗車になるという ことはあまりなさそうだから、何とかこなせることはこなせるだろうが、バス に乗るだけでかなりエネルギーを消費してしまいそうだ。 バス停でバスを待つ時、ちゃんとした行列の様なものはなく「最後の人はだれ」 と聞いて、誰の次が自分達かを確認する。そして、次に来た人が同じこをと聞 いたら「最後の人は自分達である」と伝える。伝え終わったら、後はバスが来 るまで日陰に行って休んでいてもいいというわけで、考えてみればそれなりに 合理的な気もするが、一度誰かが伝達ミスをしたり、いなくなったりしたら、 混乱してしまう。それでも、この方式でそれなりにうまくいっているようだっ た。 私達はPlayas del Esteというビーチに行った時に初めてバスに乗ったが、こ の時にはあまり様子がわかってなくて0.4ペソというのはCUCかと思っていた。 すなわち24倍の値段を払おうとしていたわけである。Akeが握りしめていたコ インを見て、回りにいた人達が「それは多すぎる」と教えてくれて、その中の 親切なおじさんは私達がMNのコインを持ってないのだろうと思ってMNのバス代 を私達にくれようとした。私達はMNのコインを持っていたので、「もっている から大丈夫」とそのお金をおじさんに返した。たいへん低い賃金で日々の生活 費のやりくりに苦労しているキューバ人が旅行者にバス代をくれようとしたこ の出来事に私は大変驚いた。 キューバ人はお互いの間でたいへん助け合いながら生きているという事は旅行 ガイド本に書いてあったが、バス代の小さなコインがない場合、その場で工面 しあったりするのだろうか。そして、その相手が金持ちの外人の場合でもその 助け合い精神は適用されるのであろうか。外国人観光客がもたらす金の影響が 大きいハバナでは「外人に親切にすれば結果的には得をする」という心理が働 いていることもありえるが、外人と行ってもバスに乗ろうとしているような人 ではそんなにお金をばらまきそうでないのは明らかだし、お互いにバスに乗っ て違うところに行こうとしている状況では、あまり「結果的に得」というのは 期待できない。私達にバス代をくれようとしたおじさんが「えびで鯛を釣る」 ことを狙っていたとは考え難い。グァテマラ人も大変貧乏で、特に田舎の方で はみんなが助け合いながら生きているが、都会のバス停でバス代を工面し合う などということはちょっと想像がつかない。 子連れで失うもの・得るものバーでくつろいだり、ライブハウスでミュージックを楽しんだり、海辺で涼み ながら散歩したり、ハバナのナイトライフは少なくとも数日間は旅行者を退屈 させないものがありそうだった。しかし、子連れ旅行になると基本的にナイト ライフの楽しみというものはない。5歳のQPは昼間にあちこち歩き回るには十 分のエネルギーを持っているが、夕方になって宿に帰ると、さすがに疲れてし まうのか、もう決して外には出たがらない。仮に子供と一緒に夜に出かけられ る場所があったとして、いやがる子供無理に引っ張り出してもあまり楽しいこ とにはなりそうもない。 博物館や美術館をじっくり見ようと思っても、5歳の子供がそんなところで静 かに親と一緒に歩けるわけもなく、Akeか私のどちらかがいつもQPの相手役を して遊んでやりながら、短い時間で駆け抜ける様に見学するというのがやっと できることである。そういうことがわかっているから、どこに旅行に行っても あまり博物館・美術館をじっくり見学することはしない。ハバナの革命博物館 だけは見ておこうと思い訪れてみたが、やはりここでもざっとながめるのが精 一杯だった。 このように子連れであるがゆえに失うものは多少ある、しかし子連れであるが ゆえに得られるものは、失うものを差し引いてはるかにおつりがくるほど大き い。 子連れ旅をしていると地元の人々と話をできる機会は子連れでない旅に比べて はるかに増える。これはラテンアメリカ全体で共通していることだと思うが、 人々は子供を大変大事にする。ぎゅうぎゅうに混雑しているバスに乗っても、 「ほら、ほら、子供が乗ってきたぞ。場所あけろ。」という具合に私達の回り の人々が叫んでくれて、QPのための空間を確保してくれる。そこでお礼を言っ たりなんかしているうちに自然に会話が発生してくる。グァテマラでも一人で バスに乗っている時はめったに他の乗客と話をしたりしないが、QPを連れてい る時は、いつのまにか誰かと話をしていることが多い。 お店やレストランとかでも、子供がいると大変親切にしてくれて、かつ私達の ことを覚えてくれる。同じ店に行くと、「あら、またあの子供をつれたアジア 人が来てくれた」という感じで迎えてくれるから、私達も店の人達とすぐ仲良 くなれる。
地元の人と少し親しくなって本音の話が聞ける様になると、そこにはいろいろ 興味深いことがたくさんあった。話好きのキューバ人だから、「子連れ」でな くても親しくなれた人はいただろうが、私達が1週間でできた人々との交流の 量は「子連れ」でなければ達成できないものだっただろうと思う。 ビーチキューバには他の国なら超一級リゾートビーチになれるような場所が何百もあ ると聞く。Xelaの近くにビーチがないわけではないが、黒砂で波もかなり激し く、どこの国に行っても二級リゾートビーチになるのがやっとというようなと ころしかない。であるからにして、別にビーチ好きではない私達であるが、 キューバに旅行するならやっぱりビーチを一度は訪れようということになった。 ハバナからそう遠くないところに、Varaderoという超観光地ビーチがある。な んでも革命前にはあの化学品会社デュポンのオーナのデュポンが別荘を持って いて、そこにアルカポネとかのギャングのボスが集まってパーティをしていた ようなところらしい。写真を見ると確かにものすごくきれいなビーチのようだ。 しかし、ここは超観光地というだけあって、ちょっとキューバの庶民は寄りつ けないような別世界になっているようだった。USがキューバ旅行を解禁したら、 ここをメキシコのカンクンの様な場所にしてしまうに違いない。 Varaderoよりずっとハバナに近いビーチに、Playas del Esteという場所があっ て、ここはキューバ人庶民も遊びに来るような所である。こちらの方が私達に は向いている場所だという気がしたし、ハバナに近いし、宿泊も安上がりです む。私は何の躊躇もなくビーチに行くならPlayas del Esteだと思っていたの だが、私達の旅行直前になって、QPの幼稚園の担任の先生が全くの偶然で同じ 飛行機でキューバに行き、Varaderoの近くのボーイフレンドの家に滞在してい ることがわかった。そのQPの幼稚園の先生が「Varaderoの方に遊びに来たら」 と言うので、若干迷いが生じていた。QPに自分の幼稚園の先生と旅先で遊べる という幸運を与えてやりたい気もするが、Varaderoはあまり乗り気がしない。 結果的には、QPの幼稚園の先生とはハバナの水族館で会うことにして、ビーチ は最初から考えていたとおりPlayas del Esteに行くことで落ち着いた。 それにしてもグァテマラ人女性がキューバ人男性の恋人に会いにいくという様 な事もあるのかと、その状況には少し驚かされた。 Playas del EsteのCasa Particular(民宿)を多少調べてはいたが、ここは キューバ人の友達ネットワークに頼る方が簡単そうだというわけで、私達はハ バナで泊まっている宿のおじさんにPlayas del EsteのGuanaboという町にある Casa Particularを紹介してもらってそこに泊まることにした。その宿は30CUC でその辺のCasa Particularとしては普通の値段で、部屋も十分いいところだっ た。こういう場合に紹介した方の宿のおじさんが紹介リベートの様なものをも らっているのかどうかはよくわからないところだった。 キューバにはjineteros(ヒネテロス)という観光客をつかまえて宿とか観光 客が行きたいところに連れていって、紹介リベートを得ることで商売している 連中がかなりいるから要注意、と旅行ガイド本に書かれていたので私達も jineterosに対しては十分警戒していた。jineteros以外で、知人友人の間で観 光客を紹介する場合に何か金のやりとりがあってもそれはおかしくない様な気 もする。なにしろ、Casa Particularの様なところにとっては外国人観光客を つかまえることができるかどうかが死活的に重要なことであるから、リベート を払ってでも「次にもまたいいお客さんがいたらよろしく」ということを頼み 込んでおく事が重要であろう。
水族館・遊園地・動物園・植物園Acuario Nacionalと呼ばれる水族館は子供を遊ばせるのにはちょうどいいと思っ たのと、こういう施設が日本やUSの物とどう違うが少し興味があって、QPの幼 稚園の先生と会う約束をする前から行くつもりでいた。ここは外国人入場料が 7CUCとかなり高かった。もちろんキューバ人は1/30くらいの安い入場料で入れ る。実際に見学してみると、やはり「巨大水層をガラス越しに見る」というよ うな金のかかる展示はないし、水層の数もそう多くはない。イルカのショーは 豪華絢爛さはないがよく訓練されたイルカで、それなりに見ごたえはあった。 私達はQPの幼稚園の先生とそのボーイフレンドの家族達とビールを飲みながら おしゃべりしてかなりの時間をすごした。Varaderoの近くと聞いていたそのファ ミリーが住んでいるところはCárdenasという町で、USでは一時期大騒ぎだった エリアン君の住んでいる町だ。あれは1999年の出来事だったが、父親から少年 をとりあげようとしていたフロリダの親戚に対する同情は、少なくとも私の近 辺のアメリカ人の間ではあまりなかった。行く時の飛行機でもらったキューバ 政府の新聞Granmaでは、エリアン君が高校に入学した事が紹介されていた。ア メリカから取り返した少年だから、キューバ政府としてはプロパガンダに利用 しようしたくなるところだろうが、エリアン君には少し重荷だろう。日本でも 大事件に巻き込まれた子供はその後の人生をマスコミに追いかけれて大変だっ たりするが、商業主義マスコミも政府プロパガンダの新聞も、似たような事を してしまうものだ。 「Cárdenasに来ればハバナの様なところとは違うキューバが見られるから是非 おいで」と誘ってもらえたが、今回の旅行中にはその時間は作れなくて残念だっ た。 ハバナの中心から20キロ程南に行ったところに広大なレーニン公園があり、そ の内部や隣接地に遊園地・動物園・植物園などがある。世界の動物園を巡って いる私達としては、キューバの動物園も是非見ておきたかった。隣接してある なら、ついでに遊園地や植物園も見ておこうと思い、一日かけてレーニン公園 あたりを見て回ることにした。
ここにはけっこうたくさんの子供が遊べる乗物があったが、平日ということも あって動かしていない物もたくさんあった。観覧車などはゴンドラの部分が全 部取り外されて骨だけになっていた。乗物の種類は、小さな子用から大人まで 楽しめるものまで、キューバだからといって特に変わっていることはなかった。 乗物の料金も2MNペソから4MNペソと大変安いので、「乗りたいものがあればい くらでも乗っていいぞ、この際に思う存分乗っておけ」と財布が大きくなった 気分で大判振舞だったが、QPは相変わらず怖そうな乗物は決して乗らないので たいした数は乗らなかった。 乗物のチケット売り場がけっこうたくさんあって、土日はかなり人がいると考 えても「こんなにたくさん必要か」という感じがした。私達が行った時にはか なり暇そうな人がたくさんいて、中には居眠りをしている人もいた。この公園 の入場料や乗物のチケット代を考えると採算度外視でやっていることは間違い ないが、そのせいで発生している無駄があることは確かだろう。多少の無駄が あるくらいの方が世の中のんびりしていいとも言えるが、経済成長が最重要課 題のキューバにとっては、いつまでも牧歌的社会を楽しんでいる余裕はないだ ろう。 遊園地から動物園は3キロ程離れている。暑い中、ここを歩いて移動するのは 大変である。しかし、交通機関は何もない。公園の出口にタクシーが待ってい るような様子も全くない。公園の出口のおばさんに聞くと、「ちょっとまって て」と言って、出ていこうとする車に声をかけて動物園方向に向かう車を探し て私達を乗せるように頼んでくれた。おばさんが手配してくれた車に感謝して 乗せてもらい、降りる時にお礼に少し払おうとしたら「そんなものはいらない、 いらない」と固辞された。やっぱりこういう時には、みんなお互いに助け合っ ているようだ。私達がその車から降ろしてもらったところから動物園までは、 まだ1.5キロほどあった。ここはしかたないから歩くしかないと思って歩いて いると、通りがかりの別の車が止まって、「動物園へ行くなら、乗っていきな さい」と言って乗せてくれた。別に手を振ってヒッチハイクしたわけでもない のに、再びキューバの助け合いの精神を実感しながらありがたく乗せてもらっ た。
暑い気候だから、象、シマウマ、カバ、サイなどアフリカの動物が自由に動き まわれるように飼育するのも比較的容易なのだろうか、広々としたところに放 し飼いにされている動物たちはわりと元気そうな感じがした。サファリ形式の 動物園は初めての体験だったので、象がその長い鼻をバスの中に入れてくる事 などはかなり楽しめた。激しい暑さだったし、マップの様なものをもらえたわ けでもなく、歩くとしたらどこをどう歩くのがいいのかよくわからないことも あって、私達は、サファリバスでの見学だけで動物園は切り上げることにした。 動物園を去って今度は植物園に行こうと思ったのだが、ここもまた数キロ離れ ていて歩いていける距離ではなかった。幸いバスがあったので、またあちこち で人に聞きまくりながらバスを乗り継いでなんとか植物園にたどり着けた。 植物園では今度は入場チケット売場に誰も人がいなかった。閉園までにはまだ 1時間半程度あったのだが、この時間に来る人はもうあまりいないからいなく なってしまったのかもしれない。無料で入れることになってラッキーと思って そのまま入っていったのだが、それはとんでもないアンラッキーであったこと にすぐ気がつく。
体力を使い果たした私達はもうバスを乗り継いで帰る元気はなかったので、植 物園の出口のおじさんにタクシーはあるか聞く。すると、出口のところにいた 普通の車がたちどころにタクシーに変身して、値段交渉の末、宿まで連れていっ てもらうことになった。このタクシー代がこの日最大の出費であった。 アイスクリーム「ハバナに行ってCoppelia(コッペリア)というアイス屋さんに行かないのは、 ニューヨークに行ってエンパイヤ・ステート・ビルディングに行かないような ものだ」と旅行ガイド本には書いてある。私はエンパイヤ・ステート・ビルディ ングに興味はないが、そうな風に書かれているのを見て、かつアイス大好きな 子供を連れているとなると、Coppeliaに行かないわけにはいかない。
ハバナでは他のアイス屋にも行ってみたが、やはりCoppeliaと比べるとかなり 味が落ちる気がした。ハバナに観光に来る人にとってアイスが主目的ではなか ろうが、Coppeliaに行かないというのは確かに大きなものを見損なうことにな るだろう。 合法宿と非合法宿キューバでの宿の選択肢には、ホテルとCasa Particularしかないと書いたが、 非合法なものを入れればもっとある。合法的にCasa Particularを運営してい る人は、毎月300CUC程度の税金を払わないといけないらしいから、かなり真剣 に客探しをしてある程度以上の回転率を維持できないとやっていけない。一部 屋余裕があるのでちょっと部屋貸しして稼ぎたいというような家では、こっそ りと非合法的に外国人観光客を泊めている。 キューバでは一般の人が得られる給料は月に20CUC程度と非常に低くとても生 活をやりくりできるものではないと聞く。そこで、誰もがみな、それなりに何 か生活を維持するための算段をしているようで、それが非合法の領域に入るこ とは珍しくないらしい。合法的にCasa Particular を運営している所でも、2 部屋以上は貸してはいけないのを3部屋貸したりという多少の非合法はあたり まえの様にやっているようだ。 私達が最初にハバナで泊まった宿とそこの人に紹介してもらって泊まった Playas del Esteの宿は合法的なCasa Particularで、ハバナでは25CUC、 Playas del Esteでは30CUCとそれなりにCasa Particularの相場の値段を払っ た。 ハバナのある公園で知り合ったファミリーが「私がいいところを知っている」 といろいろCasa Particularを探してくれたのだが、私達が「25CUCより安いと ころでないと移らない」と言っていたので、非合法な個人宿も含めて探してく れたようだった。そして、20CUCで朝食付きというところを見つけて紹介して くれた。それまでに泊まっていたところは25CUCに朝食をつけると31CUCになっ ていたし、その上エアコンがなくて夜は多少暑くて寝苦しかった。20CUCで朝 食付きそれにエアコンも付いていたので、「これなら条件はどう見てもいい」 と思ってそこに移ることにした。移った時には、そこが非合法なのかどうかは 知らなかったが、新しい宿のおばさんと親しくなって税金のことやらいろいろ 教えてもらっているうちに非合法宿である旨も話してもらった。 新しい宿では10CUC余分に払うことで夕食も世話してもらったのだが、そのへ んのレストランよりはるかにおいしい夕食をたっぷり出してもらえて、もうレ ストランを探すのが嫌になり毎晩そこの宿で夕食も出してもらった。ちなみに 朝食もたっぷり出してくれて、残ったものをつつんで弁当の様にさせてもらう ことで、昼食代も節約できた。 非合法宿では税金を払ってないのだから、合法宿より安くていい待遇を得られ てもそれは不思議ではない。宿主のファミリーも本格的に宿を経営しているわ けではないので、より親しみのある感じで家族的に接してくれる。こういう宿 は他にもたくさんあるのだろう、QPが公園で友達になった女の子の父親が「私 はウェイターの仕事をしているが宿もやっている」と名刺をくれ、料金は 15CUCと言っていた。たぶん、その安さは非合法ゆえに達成できているものだ ろう。非合法宿は大ぴらには広告できないが、知合いの口コミなどで細々と客 を取っているようだ。 安いからと言って非合法宿に泊まることは旅行者としてどういうことであろう。 間接的に脱税している、そして個人的な非合法宿主の活動を助長している。あ まり褒めたものではなさそうだ。私達は非合法宿主の話もいろいろ聞いたから、 そういうやりくりが必要なこともよく理解できる。非合法宿を使う観光客が激 増するようなことがない限り、これもキューバ人のやりくりの一手段として半 ば容認された商業活動であり続けるだろう。「褒めたものではないし」、「激 増させるべきではない」ということで、あまり他人にお薦めできる宿泊方法で はないだろう。でも、私達がまたキューバに行くとするとまた使うかも。「何 か少し自分勝手だなぁー」と言われたら、そのとおり。 グァテマラから見たキューバ社会一週間程度の限られた時間の滞在でキューバ社会のことを語るのはおこがまし いことであるが、ハバナの人々がどのように生きているのか、多少その断片に 触れた印象を語ることは許されよう。 やはり一番興味深いところは、社会主義政権下のキューバ社会を人々はどの様 に受け止めているのだろうかという点である。 US政府のキューバ政権に対する悪意に満ちた情報を頼りにすれば、人々はカス トロの独裁政権の下に基本的人権を奪われてあえぎながら生きているというこ とになるが、今日日そんな情報を鵜呑みにして信じているのはUSの基本的思考 能力を奪われたコンサバ連中だけであろう。一方でキューバ政権のプロパガン ダ情報をそのまま信用する人もまずいないだろう。 真実がどのへんにあるのかを考える上で、私が注意しておくべきことだと思う のは、日本とかUSの様な金持ちの国の豊かさの基準でキューバの様な貧しい国 をその貧しさ故に判断しないようにすることだ。日本の豊かさからキューバを 見れば、キューバの貧しさはかなり激しいし、社会主義経済は何もかも失敗し ているのではないかと思えても不思議ではない。しかし、グァテマラの様な キューバ同様に貧しい国からキューバを見れば、何もかも大変成功している様 に見える。キューバ以外の中米・カリブ海諸国のかなりの部分がグァテマラの 様に貧困にあえいでいる国であることを考えれば、キューバが貧しいことは何 もキューバだけが特別に政治経済的失策を犯しているわけではない。 「キューバでは医療や教育は完全無料で、そのおかげで国民の健康水準・教育 水準は大変高い」と言われている点に関して、私の印象ではそれはかなり事実 に近いと思う。少なくともグァテマラの様な国から比べれば、はるかに高いこ とは間違いない。教育が無料であるというだけでなく、きちんと教育を義務化 することが徹底されているようで、町で小さな子供が働いているのを見ること はなかった。 グァテマラでは人が集まる公園の様なところに行けば必ず10歳にも満たないよ うな小さな子供が物を売って働いているのを見る。そうやって、親の家計を助 けないことにはやっていけない家庭なのである。綿菓子がたくさんぶら下がっ た木の棒を抱えた子供が、公園で裕福な家庭の子供に混じって、その綿菓子の 束を抱えたまますべり台をすべっている姿など、「まだ、すべり台をすべりた い年頃なのに・・・」と思わずぐっと来るものがあるが、そういう光景に出会 うことは珍しくない。それがグァテマラの現実なのである。グァテマラで全て の子供が教育を受けられる日が来るのはいつになることやら、まだまだ見えて いない。 教育の機会が保証されていてもその質はどうなのかということもある。最近の グァテマラの新聞でラテンアメリカの15ヶ国が参加して小学校3年生と6年生の 学力調査をした結果が載っていた。(Segundo Estudio Regional Comparativo y Explicativo, グァテマラからは公立と私立の両方の学校から、7095人の3年 生、5365人の6年生が調査に参加している。)その結果ではキューバが圧倒的 に最優秀でグァテマラは後ろから2番目の成績だった。ちなみにグァテマラよ り悪いのはドミニカ共和国だけだった。それも他の参加国は算数・国語・自然 科学の3教科で調査に参加しているのに、グァテマラは算数・国語だけでしか 参加できていない。この調査結果からすると、キューバの教育はその質もかな り高水準を維持しているようだ。「英語ができない=教育レベルが低い」と勘 違いしている人がたまにいて、「キューバ人はほとんど英語ができないから教 育レベルはあまり高くない」と思う人がいるようだが、そういう人にはキュー バの事を云々する前にその誤った前提を修正して欲しい。英語ができるかでき ないかは、教育水準よりも、「英語ができれば金になる度合」の方が大きくも のを言う。中南米では国際ビジネスに携わる人以外は、スペイン語だけで十分 仕事ができるので、アジアの貧乏国より英語ができなくても不思議ではない。 実際、メキシコでもほとんどの人は英語をしゃべらず、ドクターでも普通はしゃ べらない。 医療・教育が無料であることに関して、そういうシステムを持っていることを 誇りにしているようである話は町の人達から何度か聞いた。しかし、医療に関 しては「無料と言ってもろくな治療が受けられない、有料でまともな治療を受 けられる方がはるかにいい。」と不満をこぼしている話も聞いた。どこまで人々 がそのシステムに満足しているのかどうか、それはちょっと私が聞きかじった レベルで簡単に判断できるものではなさそうだった。 キューバは1990年代のソ連東欧圏の崩壊に伴う経済危機からまだ完全に立ち直 れてないせいもあり、その経済的貧困さは相当厳しいレベルにあるようだ。一 人あたりのGDPはCIA, World Factbookの情報の中にしか見つからなかったが、 それによるとキューバはグァテマラよりも低い。当然その貧困の中で苦しんで いる人々に不満がないはずはない。キューバは平等社会を目指しているので、 特別に高学歴の人や能力を持っている人でも同様に低い収入しか得られないよ うで、「稼ぐ力のある人達」にとってはその不満の度合は相当大きいようだ。 グァテマラではドクターなどはそれなりにいい車を乗り回し裕福な生活を送っ ているが、キューバでは混雑するバスの中で話した人がドクターだったりして 驚いた。不満を持っている人達からは、「自分達の国に満足しているキューバ 人はよその国を知らないからだ」と言っていたが、そう言っている人達が見て いるのは欧米・日本などの金持ち国である。「キューバが今のシステムを取っ てなかったら、ドクターはいい車を乗り回せていたかもしれないが、町にはギャ ングが横行し、高犯罪率で道は安心して歩けない、バスもしょっちゅう強盗に 襲われる、そして人が集まるところでは子供が物売りの仕事をする、そういう グァテマラみたいな社会になっていたかもしれないがそれでもいいか」という 様な突っ込んだ事を聞けたわけではないが、「グァテマラの状況に比べてキュー バはどれだけいいか」と言う様な話は多少してみた。しかし、「ふーん、そう いうこともあるか」という感じで、「金持ち国」を見る目はやはりそちらを向 き続けている様だった。 キューバがこれから先、経済成長を成し遂げる事に成功して、国民全体の収入 水準を上げることができれば今ある不満はかなり低減するだろうが、それでも 平等社会を目指すが故に出てくる不満は残り続けるだろう。中国の様に経済面 では資本主義的方向へと転換していき、その不満をなだめ、さらに生産力を向 上させていく方向に持っていくかもしれない。キューバの人々からは「中国は 資本主義になってしまっからもう仲間ではない」というような事を聞いたが、 中国の様にならず平等社会を維持しながら、そして経済も発展させていく前人 未到の領域に踏み込んでいくのはなかなか大変だろう。でも成功してくれれば、 貧乏国にとっては大きな希望だ。 グァテマラにとっては「貧しくてもうまくやっている面がたくさんある今の キューバ」にもかなりの希望がある気がする。グァテマラにしてみれば、自分 達は相当貧しいが、同じくらい貧しいキューバにできていることは自分達にも できて不思議でない。教育水準を上げて、犯罪率を下げる、この2点だけでも 今のキューバ並になれれば、グァテマラは相当いい国になれる。安全な国にな れれば、観光収入もコスタリカ並に稼げて財政も楽になるだろう。 しかし、そうは問屋が降ろさない、という事が山のようにある。政治的に上か ら改革していこうとするとどうなるかと言うと、1954年にグァテマラの土地改 革に手をつけようとした民主的政権は、USのCIAに介入されてクーデタをおこ されてしまった。圧政にあえいだ末に民衆が武器を持って立ち上がるしかない と、下からのゲリラ活動を始めると、今度は「コミュニストからグァテマラを 守れ」とUSがグァテマラ政府軍を支援してゲリラと関係のない民衆を含めて殺 しまくり、血みどろの内戦状態になってしまった。とにかく、血みどろの内戦 だけは最悪であることを学んで現状に至っている。組織的暴力とその背後にい る巨大な力に少し絶望的になっている人々にとって、「キューバはうまくやっ ているのだから・・・」と言われても、それは別世界の話にしか聞こえないか もしれない。 このページの写真の撮影者はAke (2008年07月07日) |
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