親子三人、グァテマラに住む |
||
Xelaでの暮らし |
QPの教育エスクエラ(Escuela)とコレヒオ(Colegio)グァテマラに来る前は、小さな子供の行く幼稚園のようなものはないかもしれ ないと思っていたのだが、Xelaの様な都会になると、それは山のようにあるこ とがわかった。 エスクエラというのは基本的に公立で授業料も安い。普通に貧しい家庭の子供 達はみんなエスクエラに行っているようだ。 一方コレヒオというのは、私立で授業料も高いが、エスクエラでは提供してな いような特別な教育をいろいろ提供している。ここで教育熱心な親が要求する のは英語教育で、英語ができると仕事を得るのにはるかに有利という状況を考 えると、それは当然のことであろう。100%英語教育というコレヒオがXelaに は一つだけあって、そこの先生は全部グリンゴらしい。授業料は月額Q1000で、 日本円にすれば15,000円程度。たいしたことないと思うかもしれないが、これ は普通のXelaの住人には仰天する価格で、Akeが自分の子供にいい学校をさが しているスペイン語学校の先生にこの授業料を話したら、卒倒しそうになるく らいびっくりしていたそうだ。 他の英語教育を売りにしているコレヒオは、英語+スペイン語のバイリンガル 教育で、中にはバイリンガル教育というのはちょっと疑われるような、単なる 遊び程度の英語教育しかないところもある。授業料はちょっと高いところで、 月額Q500程度と例の100%英語教育の学校の半分程度である。 私は100%英語教育とかいう学校だけはいくらお金が余っていても避けたかっ たが、100%スペイン語の学校になると、学校の先生と話をするのにスペイン 語でないといけなくて、スペイン語がたいしてできない今の私にとってはこれ もまたきびしい。 結果的に先生の中には流暢に英語をしゃべる人がいて、その先生を通してQP の事をいろいろ聞ける学校というのが選択肢になった。バイリンガル教育を売 りにしているコレヒオの中に、校長先生はきれいな英語をしゃべり私達とのコ ミュニケーションにも問題のないと思えるところが見つかり、QPもえらくそこ が気に入ったので、迷わずそのコレヒオを選択した。ちょっとバスに乗ってつ れていかないといけない距離にあったが、バス代は安いし、毎日バスでグァテ マラの大衆の中でもまれるのもいい勉強になるかもしれない。 そのコレヒオは授業料は月額Q280とさほど高い方ではない。でも行かせ始めて みるとユニフォームとか教材費とかでいろいろ出費があり、平均したらQ400〜 Q500くらいの月額出費になる感じがする。他の親を見ていると、一般のXelaの 住民に比べるとかなり裕福そうで、子供の送り迎えにも自家用車を使っている 人がほとんどで、私の様にバスで送り迎えという親はほとんど見ない。 年度のおしまいグァテマラの学校は1月に新年度が始まり、10月の中旬から後半に終わる。 QPの通う学校も10月半ば過ぎで今年度はおしまいになった。QPは約半年通った わけだが、割と最初から馴染んでいたが、今ではもうクラスメートとスペイン 語でそれなりのコミュニケーションがとれているようだ。子供の遊びに特有の 単語など、私は知らない言葉をQPが知っていたりすることもある。たぶん、そ ういう機会がさらに増えてくることになるだろう。 この半年間で経験したところでは、少し裕福な家庭の子供が通うコレヒオとい うせいがあるのだろうが、学校のイベントなどでは親がちょくちょく駆り出さ れて、いろいろと学校のために時間を割かねばいけないところはあった。保護 者が出席するミーティングなど、私も一応は参加したものの、スペイン語で早 口でしゃべる他の親の会話がさっぱりわからなかった。 「11月、12月は全く学校がないのではQPの世話で大変だ」と思っていたら、11 月は休暇中特別クラスが開設されていて、11月中は今まで通り午前中は学校に まかせることができることになった。公立学校では、そういうクラスなど開か れないので、普通に貧しい一般的な家庭の子供達はこの時期は街にあふれるこ とになるだろう。 新年度スタート1月10日から新年度が始まった。今度はプレパラトリアと言う、小学校に行く ための準備的な位置づけの学年になる。 年度始めは、日本の学校と同じようにいろいろな教材や制服などを買いそろえ るのに出費が重なる。QPの通うコレヒオでは月曜は緑、火曜日はオレンジ、と いう具合に曜日によって制服のシャツの色を変えていたりして、「なんでこん な面倒臭いことをするのだろうか」と理解に苦しむところもあったりする。 なぜかグァテマラでは教材の本やノートに透明ビニールのカバーをかけるのが 常識化しているようで、学校で配られたお知らせの紙に「透明カバーをかけろ」 と一言簡単に書かれている。どういうことをすべきなのか私達にはなかなか理 解できず、Akeが学校の先生に見本を見せてもらって来て、やっとわかった次 第だった。 QPは去年半年以上通って慣れている学校で新学年が始まるのは楽しいだけで何 の不安もない。新しくもらった教材をうきうきしながらながめていた。 保護者ミーティング日本の学校でもあるのだろうが、たまに保護者が呼ばれて先生と一緒になって ミーティングをすることがある。QPがプレパラトリアになってからすでにその 手のミーティングが2回あった。「とにかく参加だけはしなければ」と思って 私はがんばって参加するようにしているのであるが、かなり私にとっては苦痛 なミーティングである。 何といってもまず問題なのは、「みんなが何をしゃべっているのかよくわから ない」ことだ。スペイン語がかなりできるようになってきたとは言っても、先 生と親が5、6人でざっくばらんに会話を進めるというような状況では、内容が 断片的にしかわからない。自分の仕事に関する様な事なら、断片的にわかるこ とからある程度内容を推測しながら把握することができるのだが、学校の行事 の様な事になると、その推測がほとんど聞かない。 例えば、「セミナリオに何をするか」という事でみんなが話をしている時があっ たが、他の参加者たちはそれが学校の年中行事の一つであることををあたりま えのこととしてわかっているが、私にしてみれば「セミナリオって何だ?」と いう事になる。一生懸命聞いて、その話題の最後の方になってそれが8月の最 後の金曜日に生徒達に何か発表させるイベントであるらしい事を把握したが。 それが全てで、ミーティングに参加するというレベルからはほど遠い。 参加者が20人くらいいるミーティングなら、黙って聞いているだけの人がいて もそんなに目立たないだろうが、5,6人の参加者では、何か異様に浮いた存在 になってしまう。こっちは「外人」なんだから、それでいいとも言えるのだが やはりなんとなくつらいミーティングである。 備を本格化させて、10月末には 「節分の日に子供達に何をやらせるか相談しましょう」と先生と保護者が集ま るところに、日本に来て1年程度で日本語もまだろくにできない外人が参加し ているとしたら、「参加しているだけでもすごい立派」の一言につきる、それ と同じことを私はやっているのだ。と自分をなぐさめているのであるが、また 次のつらいミーティングぐにも参加しようという意欲があるかどうか、少し自 信がない。 卒業10月18日、とうとうQPの卒業式の日がやってきた。QPの行っている学校は幼稚 園から小学校の低学年まであるが、Preparatoriaという幼稚園の最後の年を卒 業する生徒が特別に卒業する生徒として祝われる。QPもその9人の生徒の中の 一員で、この日は角帽にガウンという卒業式スタイルの服を学校から貸しても らって主役として大興奮だった。レストランの大きな部屋を借り切っての卒業 式は裕福な家庭の子供が通う学校でしかできないことで、私がコンピュータ関 連でヘルプしている公立学校の生徒達には考えられないような贅沢である。い つものことであるが、何かイベントがある度に、Xelaの様な都市の裕福な家庭 の子供達と地方の貧しい家庭の子供達との間の差の事を考えてしまう。 たかだか幼稚園の卒業式であったが、私達はQPが学校を卒業するのを一つの目 処としてグァテマラ生活を続けてきただけに、私達家族三人のグァテマラ生活 卒業式の様な意味があった。 卒業式には仮卒業証書をもらえるだけで、正式な卒業証書は後日、ということ であったのだが、これがはっきりいつなのかがわからなくて私達は大いに困っ た。せっかくだから正式な卒業証書はもらっておきたいと思ったのだが、それ をもらえる日がわからないとグァテマラを去る飛行機の切符が買えない。いつ まで待っても、正確な期日がわからないので、しょうがなく10月中にはもらえ るだろうと推測して11月1日出発ということにフライングで決めた。10月24日 なってやっと「どうやら10月30日にもらえるらしい」とわかり、卒業証書は無 事にもらえそうである。 QPの学校関係では常にいろいろなイベントの場所や期日が事前にはっきりわか らず、何かいつのまにか決まっていたのを口コミで知ったり、当日の朝に突然 知ったりとかして、そういういい加減なのが苦手な日本人として大いに苦労さ せられたが、最後の卒業証書をめぐる事態はそれを象徴していた。グァテマラ 人はそういうやりかたがけっこう慣れていて何も困ったことを感じないのだろ うが、普通の日本人が1年半程度で慣れるのは難しいだろう。 |
|
|
||