親子三人、グァテマラに住む |
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Xelaでの暮らし |
日々の生活1ホームステイの日々ホームステイというと、若い学生が誰かの家に住み込んで学校に通うというイ メージが一般的で、私もこの言葉を聞いて思い浮かべるのはそのなような状況 である。 しかし、私達が実際に行うのは、家族まるごとが誰かの家に住み込むので、か なり状況が異なる。だいたいそういう形のホームステイが成立するのだろうか と思っていたのだが、グロリアの家の二階は学生を二人入れられる様に、寝室 を二部屋、リビングが一部屋、そしてシンクや戸だながあってコンロなどを付 け足せば台所として使うことができそうな部屋が一部屋、という構造になって いる。私達は、2.5人分のお金を払っているので、この領域をまるごと借り切 る形になった。 2.5人分のお金がどれくらいになるのか、それは私達がスペイン語学校に払っ ている授業料の一部が割り当てられているので、正式には知らない。スペイン 語学校からグロリアに渡す様に頼まれた小切手の額面から推測すると、どうや ら一週間にQ900で日本円にしたらだいたい14,000円くらいになる。当然、日本 の感覚からすると無茶苦茶安い、グァテマラではこれはかなりの金額だからグ ロリアの家にとってはかなりの副収入なのだろう。 食事は、一階でグロリアの一家と一緒の食卓を囲む。部屋の掃除は二日に一回 グロリアがやってくれる。というわけで、自分達でやらねばいけない家事は洗 濯ぐらいのもので、なんとも贅沢というか、こんなに人に頼っていていいのか と少し罪悪感の様なものがなきにしもあらず。しかし、スペイン語がろくにで きない段階で日常の事を何もかも自分達でこなすというのはかなり大変だから、 こういう形でXelaでの生活をスタートできるのはありがたかった。 グロリアの夫はグァテマラシティに出稼ぎに行っていて、月に一度くらい帰っ て来るらしい。私がいない時にAkeは顔を会わせたそうだが、あっというまに またいなくなってしまったので、私はまだ会っていない。Xelaもけっこうの規 模の都市なのに、ここにはあまりいい仕事はないのだろうか。いろいろ家庭の 事情もありそうな感じがするが、あまり込み入った話は聞けないというか、聞 くだけのスペイン語力がないのでよくわからない。 グロリアには6人の子供がいて、2番目の子のエブリンと末の双子のパブロとパ オラが同じ家に住んでいる。パブロとパオラは12歳の男の子と女の子で、QPに とってはいいお兄さん、お姉さんである。Guatemalaでは、しょっちゅう先生 のストライキがあって長期間学校が休みになってしまうことなどもあり、日本 のこの年頃の子供に比べたら学力はかなり遅れている感じがする。12歳ともなる と日本では、そろそろ親が将来の進学のことなどでいろいろ気を揉み始めるころ だろうが、グロリアはあまりそういう事を心配している風もなかった。 パオラ、パブロが行っている学校は公立学校だが、少しお金に余裕のある家庭 は、子供を私立の学校に入れているようだ。いい教育を子供に与えようと思う と、やはり金が必要、というのはグァテマラでも同じ事情である。たぶん、私 立学校に入れて、子供に将来大学教育を受けさせなくては思っている親だと、 日本の親と同様の心配をいろいろしているのであろう。 グロリアはとても親切な人で、私達の事をこれ以上にない程いろいろ気づかっ てくれる上、私達が困った事にはいろいろ相談に乗ってくれた。それでもどう しても解決できない事が一つだけあって、それは私達が何かの虫にさされて大 変かゆくて困ることだった。いろいろな人に聞いたところ、それはたぶんプル ガ、すなわち蚤のせいらしいのだが、どうしてグロリアの家族は平気なのに、 私達家族ばかりがみんなやられるのかよくわからない。グロリアが殺虫剤を部 屋にまいてくれたりとか、いろいろ対策をしてくれたが、どうもあまり減る気 配がない。道を歩いたり、バスに乗ったりしている間にプルガにやられたり、 それを服につけて家にもって帰ったりするというのはよくあることらしい。プ ルガをどのくらい引きつけるか、そしてそのプルガに刺された時にどのくらい 激しく反応するかはかなり個人差があるということで、それは日本人でもよく 蚊にさされる人とそうでない人があることを考えると納得がいく。ある人によ ると、しばらくグァテマラに住んでいると大丈夫になるというが、グァテマラ 人の中にもプルガにやられて困っている人はけっこういると聞くから、あまり その説を信じることもできない。ただ、最初の2,3週間はかなり激しく刺され て、「これはかなわん」という感じがあったが、その後はそれなりに刺されつ つも耐えていける程度に軽減したという感じはある。 長期間Xelaに滞在する予定の私達としては、いつかはグロリアの家を出てアパー トの様なところに住まないといけない。すこし調査を始めてみたところ、家具 つきアパートというのはなかなか見当たらない。たまたまAkeがあるスペイン 語学校の広告のなかに家具つきアパートも含まれていたのを見つけ問い合わせ たところ、ちょうどもうすぐ一部屋空くといういう。部屋を見せてもらったと ころ、けっこう住み心地はよさそうだし、価格もそう高くない。夏休みの学生 が大勢やってくるシーズンも近いし、雨期も始まろうとしている。そういうこ とをいろいろ考えると、今ここで引越ししておくのがよかろうということにな り、グロリアの家では生活は5週間で終わりにして、アパートに引っ越すこと にした。 とてもよくしてくれていたグロリアには少し申し訳なく思いながら話をしたの だが、グロリアは私達の事情をよく理解してくれて、「なぜ、ここに住み続け るのはいやなのか」などというようなことは一切聞かなかった。 スペイン語学校私達の通うスペイン語学校のPLQでは、生徒と先生は同意が成立すれば何をし てもいい。だから、個人的な事で先生にお願いしていろいろヘルプしてもらう というのを授業の一部の様にしてもらうこともできる。 Akeは早速、彼女の最初の週の担任であるアンナ・マリア先生にQPの通えそう な学校を見学するツアーをお願いした。QPのスクールに関しては、私も最初の 週の担任であるビルマ先生に、彼女の孫が通っているという学校を紹介しても らっていたが、その学校もツアーには入っていた。おかげで、QPの行けそうな 学校に目処をつけることができた。 PLQの先生の中には、内戦時にはゲリラ闘争に参加していたというすごい人も いる。その先生がどうやって苦労して勉強して先生になったのかという身の上 話がコンファレンス形式であって、キャリーが英語通訳をしてくれたおかげで 私にも十分理解ができたのだが、今まで本でしか読めなかった様な話を直接本 人から聞くことができた感じで、感動させられるものがあった。こういう人が 経験した苦労というのは、日本人の私達が直接知っているものとは桁が違うと いうか、想像の域を越えるレベルのもので、生死すれすれの線まで行っても勉 強にかけるものすごい執念を失わないという力はどこから来るのだろうか。そ の先生は、ただはける靴が欲しかったその一念と言っていたが、「靴が欲しい」 ということがどういう意味を持つのか、日本人の私にはなかなか理解が及ばな い。 日々の授業は先生と1対1で行われる。5時間の時間が割り当てられているが、 そのうち30分は休憩。残り4時間半であるが、この時間をみっちりやると少し 疲れてしまう。それは生徒だけでなく先生の方も同じなので、いろいろ適当に 息抜きが入る。学校がいろいろイベントをやっていて、先生と合意の上で授業 時間中にそのイベントに参加することができる。上記のコンファレンスもその 一つだが、コンファレンスは週に2回くらいはあり、たいていグァテマラに関 する知識を深められる様な内容が組まれているので、コンファレンスに参加す ることは、いい息抜きでありかつグァテマラのことを勉強できるいい機会になっ ている。 先生のほとんどはあまり英語が得意ではない。学校は全くの初心者でも大丈夫 といって受け入れているようであるが、本当に全然スペイン語を知らないに等 しい状態だと、英語があまりできない先生から習うのはかなり大変でないかと いう気がする。日本人の初心者にとっては、日本語ができる現地人の先生から 習えたら一番いいと思うが、それはちょっと無理な話だ。 少しスペイン語ができるようになっていれば、スペイン語でゆっくり簡単に説 明してもらえれば理解できるので、そんなに苦労はない。それでも、スペイン 語特有の難しい概念の説明を受ける時には、少し苦しむ。すっきりわからない ことがあっても、どこがどういう風にわからないのか先生に説明できなくて、 「まぁーそのうち時が経てばわかってくるであろう」ということですませて、 あまりしつこく聞かないですませてしまう場合が多々ある。 1ヶ月以上勉強を続けていると、先生がしゃべってくれる事はかなり理解でき るようになってきたが、町で人に話しかけられたりするとまださっぱりわから ない。これは、USに移住した時に英語で経験したのと全く同じで、これから先 が時間がかかることは容易に予想がつく。街中の会話は、早い、なまっている、 俗語が含まれる、そして誰もわかりやすい表現で言い直したりしない、という わけでスペイン語学校の会話とはレベルがかなり違う。今の時点でそれを理解 したいと思うのは高望みというものだろう。 (2007年06月03日) |
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