日々の生活3

近づいてきた選挙

9月9日の大統領選挙がいよいよ迫ってきた。テレビをつけるとやたら Mano Duraのコマーシャルをやっていて、たまにしかテレビをつけない私の耳 にさえそのコマーシャルソングがついて離れなくなり、困ったものだ。

大統領選挙はUNE(Unidad Nacional de la Esperanza) のÁlvaro Colomを PP(Partido Patriota) のOtto Pérezが激しく追いあげて、かなり拮抗する状 況になってきている。9月9日の投票では決着がつかず、二人による決選投票に なる可能性が大で、そうなると票はほぼ50%ずつに割れそうで、ほぼ同数に近 い得票でかなりもめることになるかもしれない。どちらの候補者も、バックに は「支援候補が大統領になったあかつきには、おもいきり甘い汁を吸い取って やろう」と思っている連中が大量にいるので、かなり醜い争いになるのではな いかと予想されている。

最近メキシコでもめたのと状況が違うところは、メキシコの様に「右派」対 「左派」という構図ではないところだ。グァテマラでは、内戦を終結させるた めに平和条約が締結された時、ゲリラ組織は4つに分裂して左派政党を作った ようだが、今も残るURNGも含めて全てが弱体政党で、実質上、左派というのは 政治的にあまり力を持っていない。

グァテマラではナルコ・トラフィカンと呼ばれる麻薬密売人組織が大きな力を 持っていて、そういう組織との裏でのつながりを権力を握れる様な主力政党は みんなもっているらしい。特にUNEはそのパイプの太さが指摘されていて、も ちろんÁlvaro Colomは否定しているが、完全に否定しきれない部分がかなりあ るようである。一方、PPは明らかに軍をバックにしているわけで、過去の虐殺 関係者との関係はどうなのか、その辺で不明朗な部分がたくさんありそうだ。

私のスペイン語能力では、新聞記事を細かく読んで、さらに新聞には載らない 様な情報をリサーチするところまではとても及ばないので、具体的に詳しいこ とは残念ながらあまり書けない。

個人的には、軍人が力を持つ政権にはなってほしくないという思いが一番強い ので、PPは勝たないで欲しいという思いが強い。いずれにしろ、9月中には結 果を見ることになる。

選挙の結果

9月9日の投票の結果、大統領選挙ではUNEが28.3%、PPが23.6%の得票で、どち らも過半数を得られず、決選投票が行われることになった。決選投票はすぐに あるのかと思っていたら、そうではなくて2ヶ月近く先の11月4日ということだ。 まだしばらくはこの両派の選挙宣伝を見せられることになる。

選挙直前の世論調査ではPPがUNEを逆転したと報じられていたのが、まだそれ なりのリードをUNEが維持しているということがわかった。しかし、決選投票 がどうなるかは3位以下の候補者の票をどう取り込めるかで大きく変わってく るだろう。

リゴベルタ・メンチュの党派、EGは6位で3.1%を獲得したのみだった。彼女の 生まれ故郷のウスパンタンでは、11,730票中の268票で2.3%の獲得と全国平均 より少ない票しか獲得できていない。彼女が地元で不人気であるというのは確 かなようであるが、そもそもインディヘナスの下からの運動を支える精神的リー ダーという位置に立てていないように思われる。モンテネグロというグァテマ ラのコーヒー産業を支配してきたファミリーと組むことでEGは存在していて、 またそのせいでURNGの様な左派政党からは拒絶されている。インディヘナスの 権利の向上を訴える彼女の立場からどういう目算でモンテネグロと組むという 路線が成立するのか、私にはよくわからない。たぶん、インディヘナスの運動 の中にいる人達にもよくわからないのではないだろうか。

マスメディアの中での激しい宣伝合戦が行われる現行の選挙戦では、産業界へ の利益誘導がない候補者が票を取るのは相当難しいことは容易に想像がつく。 そもそもそういう現行制度の中での政治権力闘争に巻き込まれることがどうな のか、「民主的選挙」という大義名分に取り込まれて現行の支配勢力の永続化 に手を貸すことになりかねないのではないかという危惧もある。こういう状況 を見ていると、メキシコのサパティスタが徹底的に政治権力闘争に巻き込まれ ない路線を貫いていることもよく理解できてくる。

4年後、8年後、12年後、おそらくグァテマラにおいて、選挙で何かが大きく変 わるということはないような気がする。500年も耐え抜いてきたインディヘナ スにとってはこれから先何十年とかかることぐらい覚悟の上かもしれないが、 相当粘り強く、自分達自身で権利と地位の向上を達成し、USの介入にも負けな い力を蓄えないといけないのだから、並大抵のことではない。現行の激しい矛 盾の前にすぐに打ちひしがれてしまうぐらいひ弱な存在である、私達「先進国」 の人間には絶望的にも思えるが、彼らはきっといつか達成するであろう、と私 は思う。

透明の蝶を見た

私達が住んでいる家の近くにEl Baúlという小高い山があり、頂上はXelaの町 を一望できて眺めがよく、子供が遊べるちょっとした遊具や、ピクニックグラ ウンドもあり、市民の憩いの場としてなかなかいいところである。車で頂上ま で行けるので車で来ている人も多いが、山道を歩くといろいろな植物や昆虫に 親しめるし、いい運動にもなる。

QPもやっと小高い山くらいなら自力で登れるくらいまで成長して、この山を家 族連れで楽しめるようになった。途中の山道でいろいろな虫を観察したり、ド ングリを拾ったりできるのが、QP にはとても楽しいようだし、親としても手 軽に自然に親しませてやれる場所があるのはありがたい。しかし、山道では時々 強盗が出るという話も聞くので、一応用心して、貴重品は持たずに、他にも歩 いている人がよくいる土日の午前中に行くことにしている。

先日、9月2日に行った時には、帰り道で透明の羽を持つ蝶を見てびっくり。私 は子供のころはとても昆虫好きだったので、毎日虫かごと網を持って走り回っ ていた経験があるが、こんな蝶は見たことがない。世の中に「透明の羽を持つ 蝶」などというものが存在するのかと我が目を少し疑ったが、親子三人で一緒 にしっかり見たのでその存在はまず間違いない。あわててカメラを出したが、 残念ながらシャッターを押す前に飛び去ってしまった。

後日インターネットで調べてみたら、中米ではよく見られるGreta otoという 透明の羽を持つ蝶であったことに間違いなさそうだ。羽の向こうに緑の葉が透 けて見える姿はなんとも美しく、是非また見たいものである。

ボランティアワーク

スペイン語学校は8月一杯で終えた。結局4ヶ月勉強したことになるが、スペイ ン語能力の方はまだまだ実社会で通用するレベルにはほど遠い。ヨーロッパか らの留学生などは3,4ヶ月もするとバリバリに使えるようになると聞くが、こっ ちは一応英語のバックグランドはあるとはいえ、やはり日本人、そんな人達と 比較することは無謀である。

単語帳レベルのボキャブラリや、紙の上でなら正しく解答できる文法的知識は そこそこに達したと思うのだが、それを実践で使えるというレベルに持ってい くのがなかなか難しい。英語学習の時も似たようなものだったが、この段階か ら先に進むのが難しい。年を取っているから語学はダメなどということは基本 的にはないと思っているが、もう50が近い年齢ということの影響も多少はある だろう。まぁ、その分は余計に時間をかける覚悟でいるから、別に悩んではい ない。

さて、スペイン語学校が終わったら、ボランティアワークである。がんばって 探せば多少のお金を稼ぐ事は可能だと思うが、日本やUSで得られる給料に比べ たら雀の涙であることは間違いない。ここは多少の蓄えがある年寄りの余裕を フル活用して、雀の涙の金を稼ぐことなど考えず、「グァテマラの人々を助け ることができる」、「自分のスペイン語能力を伸ばすことができる」という基 準だけで考えて何かを探すべきだ。

今までもEntremundos(http://www.entremundos.org)で、コンピュータ関係の トラブルがあった時にヘルプに行ったり、マイクロ・クレジットを運営する団 体のコンピュータにmifos というフリーソフトウェアをインストールしてあげ たり、というような一時的なボランティアはしていたが、スタッフとして毎日 仕事をするレベルのボランティアをしていないので、仕事をしたという実感は あまりない。

住んでいるアパートから、徒歩で5分もかからない様な近所に、U.A.M. - Unión de Agricultores Minifundistas de Guatemala (グァテマラ小規模農 家連合)という団体のオフィスと店がある。Akeが以前そこで、ジャムやコー ヒーを買ったことがあり、何かよさそうな団体のようだと言っていたので、そ こに話を聞きに行ったところ、とんとん拍子で話が進み、当分の間そこで毎日 ボランティアとして働くことになった。

まずは、その団体が持っている二つのWeb site - http://espanol.geocities.com/uamxela/, http://www.ergaomnes.net/uam/ を更新することが私の仕事になった。

この二つのWeb site、一方は2000年に、他方は2003年に作成されている。内容 は非常に似通っている。一方を作った後、それが更新不能だったので他方を作っ たという状況が容易に推測できる。話を聞いてみると、2000年にカナダ人のボ ランティアが、2003年にはイタリア人のボランティアが、それらを作ったらし い。そして2007年に日本人が三つ目を作ることになるのであろうか。

まるで笑い話の様な、Web siteを管理できない悪例である。カナダ人ボランティ アとイタリア人ボランティアが残していったメールアドレスにメールを出して みたが、案の定返事は得られない。ユーザネームもパスワードもまるっきり何 もわからないでは、サーバーの管理者にヘルプを投げてもまず受け付けられな いだろう。

カナダ人ボランティアとイタリア人ボランティアもそれぞれいい仕事を残して いるし、こういう事態になってしまったことの責任を彼らに問うというのは酷 だろう。ボランティアの管理者がきちんとしないといけないことだが、Web siteの管理がどういうものであるかの認識が低いと、更新方法の引き継ぎなど にエネルギーを費せないものだ。

ある意味で、これはグァテマラの様な国への先進国からの援助がかかえる問題 の縮図である。援助はたいていプロジェクト単位で、そのプロジェクトの視点 でゴールが達成されるまでである。その結果がどう活用されるか、そしてその 後にどう発展させていけるかは、現地まかせに放り投げて終わりである。プロ ジェクト担当者が持つ先進国の常識では、その後に現地サイドだけで運営して いけるのに十分なところまで持っていったということであろうが、その「先進 国の常識」はたいてい通用しない。かくして多くの援助は、その背後にあるの が純粋な良心である場合でも、長期的には無用の長物になり果て兼ねない。

さて、私の仕事では、三つ目を作ること必至という状況だが、ここで四つ目、 五つ目にいかない対策を講じるのが、私の使命であろう。何ができるか、じっ くり考えることにしよう。

お祭り

9月15日はグァテマラの独立記念日で、Xelaでは年最大のお祭りが行われる。 独立記念日ということもあり、町全体が愛国的雰囲気に包まれる。私は、どこ の国のものであれ、ナショナリズムで盛り上がる雰囲気は嫌いである。そもそ も、国旗だの国歌だのに忠誠を示す習慣などというものは、近代国家主義が生 まれてから権力者の都合で人々の間に植え付けられたもので、あんなものが人 間の本来持つ自然の感情から沸き上がってくるものなどと言われたら困る。

グァテマラにしても独立186年と言って騒いでいるが、それはラディーノがス ペインから独立した権力を持ってからという意味であり、インディヘナスにとっ てみれば、そんな独立がどれほどの意味を持つであろうか。

QPも知らない間に、学校で国旗や国歌の事を習ってきたみたいで、じぶんで青、 白、青のグァテマラ国旗を作って喜んで振り回していた。USに住んでいて、星 条旗でそれをやられたら私は相当嫌な気分になるところであったが、グァテマ ラである分その嫌な度合は低かった。(「国旗、国歌=正義」という思い上が りがある国はUSを除いて他にはない。)政治思想的信条を親が子供に押しつけ るのはどうかと思うが、学校や社会が押しつけてくるのも困る。旗を振り回す 位は、4,5歳の年齢を考えれば、そういうものに何か熱狂的意味づけを持つわ けでもないし、無理に介入する程のことでもないので、好きなようにさせてお いた。でも「愛国的熱狂」は、こうしてだんだん植え付けられているのかも。 そういうものを避けるにはどういう教育を施すのがいいのか、そのうち機会が あればうんちくのある人から話を聞きたいものだ。

ナショナリズムは嫌いでもお祭りは楽しいものに違いはない。 特に私達にとっては、グァテマラで大きなお祭りを経験するのは初めてなので 大変興味深いものがあった。

移動遊園地
お祭りの会場には移動遊園地がやってきて、いろいろな遊具を設定していた。 移動式というやつはかなりちゃちなものだと思っていたのだが、最近はそれな りに迫力のある乗物も移動式で設定できるみたいで、大人が楽しめそうなもの もいくつかあった。常設遊園地と違って、狭いところにぎゅうと詰め込むよう に設置するので、遊具の間は人でぎゅうぎゅうになり、よりお祭りらしい独特 の雰囲気を醸し出していた。移動遊園地を取り囲む様にいろいろな屋台のお店 がでているが、その数が半端ではない。日本の縁日の屋台が出る通りなどから 比べるとはるかに規模が大きい。店の種類も豊富で、中でもかなりレトロな雰 囲気の屋台がたくさんある。縁日の屋台を見て回るのが好きな人などには、きっ と、たまらなく楽しいものであろう。

QPは常に怖そうな乗物は避ける慎重派で、このお祭りでも、見たところ決して 怖くなさそうな3歳以下ぐらいの子供でも乗れそうな乗物だけを選んで乗りた がった。そんな乗物は二つくらいしかなかったので、乗物代の出費はわずかで すんだ。屋台ではボールを転がすゲームをやって、ままごとに使えるおもちゃ セットの様なものを獲得し、大喜びだった。

バス停からお祭りの会場に行くまでしばらく歩くのだが、その道沿いには、た ぶん勝手に出店しているのだろうが、食べ物、おもちゃ、土産物、古着、シャ ンプー、などなどありとあらゆるものが売っていた。人が集まるところ、どこ であろうと、自然とこうなるくらい、出店する人達のエネルギーが満ちあふれ ている。このエネルギーが減退してしまった日本のような国では、この雰囲気 のお祭りはもう味わえないに違いない。

Creative Commons License
「親子三人、グァテマラに住む」サイトの全ての内容物の著作権は 「親子三人、グァテマラに住む」サイト作者が保持し、使用は クリエイティブ・コモンズ・ライセンス に従い許諾される。