親子三人、グァテマラに住む |
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Xelaでの暮らし |
日々の生活42回目の滞在許可更新三ヶ月というのは案外と短いもので、気がついたらもう次の滞在許可更新時期 が来てしまっていた。今回は首都で更新というわけにはいかなくて、グァテマ ラ国外に出なければいけない。昔なら南の方に行ってエルサルバドルとかホン ジュラスに出るのでもよかったのだが、近年になってCA-4と言われるグァテマ ラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグアの4ヶ国間はそのエリアに住 む人達にとってはパスポート無しでの移動が可能になった。結果的に、グァテ マラに住む外国人がCA-4内の別の国に出てもグァテマラを出たとみなしてもら えなくなり、滞在許可の更新にはCA-4の外に出なければいけなくなった。 南の方へも陸路で旅してみたいという思いはあるが、滞在許可更新の目的を考 えると、やはり北へ行ってメキシコということになる。Xelaから割と近いメキ シコ国境の町は、北からLa Mesilla, El Carmen, Tecún Umánの3つの町がある。 距離的にはEl Carmenが一番近く、La Mesillaは一番遠い。しかし、El Carmen とTecún Umánはメキシコ側に観光したくなるようなところが近くにない。 今回は是非ともPalenqueのピラミッドを見ておきたいという思いもあり、La Mesilla経由でメキシコに入ることにした。La Mesillaから、San Cristóbal de Las Casasまで行ってもいいが、そこにはすでに2回行ったことがあるので、 今回は別の町に寄って行こうと思い、Comitánで一泊してPalenqueに行くことに した。 Comitánは私の持っているメキシコガイド本では、行く価値がない上にホテル は高くて程度が悪いと、無茶苦茶にひどい扱いを受けていた。たぶん筆者が何 かこの町に恨みでもあったのではないだろうか、実際に行ってみるとこぎれい でいい町である。特にグァテマラから行くと、きれいな街並み、あまりでこぼ こしていない道路、整備されている道路標識、何を取ってもXelaより1ランク 上という感じを受ける。私達がラッキーだったこともあるのだろうが、この町 で出会った人がとても親切で、道端で地図を見ていると、車から呼びかけられ て、「ホテルを探しているなら乗っていきなさいよ」というわけで町の中心近 くの割安で手頃なホテルまで連れていってくれた上、いろいろ町のことも教え てくれたりして、「知らない人にここまで親切にしてもらったことはちょっと 初めて」という感じのものだった。 とにかく、Comitánは感じよく通過して、San Cristóbal de Las Casasを単に バスの乗り換えで通過して、Palenqueに到着。予定どおり、Palenqueの遺跡と Misol-Há、Agua azulの滝などを見学して、また逆コースをたどってXelaに戻っ た。あいにくの雨で、Agua azulなどは青い水とは程遠い、茶色の水の豪流で あったが、豪流が作る滝の迫力もなかなかのものであった。QPも、すこし大人 とは違う視点であったようだが、それなりに満足したようであった。QPはAgua azul に行った日が5歳の誕生日だったのだが、物売りの子供達に「今日が誕生 日」という話をしていたら、子供の一人が売り物のバナナを一本プレゼントし てくれた。貧しい物売りの子供から売り物をもらったりすることなど、たぶん これが最初でかつ最後の経験であろう。私たちがグァテマラから来たという話 をすると、「グァテマラはどういうところなの」と興味深そうであったが、大 きなバスが到着してみんなまたお客さんめがけて走っていった。 今回のメキシコ旅行は、過去のそれに比べていろいろな意味で「楽」に旅行で きた。何と言っても、かなりスペイン語ができるようになっていたというのが 一番大きい。「わからないことがあれば聞けばいい」と思えると、全ての行動 がかなり気楽だし、Comitánで受けた親切などもスペイン語である程度のコミュ ニケーションができて初めて享受できるものであった。スペイン語のレベルは まだまだ実用には程遠いと思っているが、旅行するには十分なところまでは到 達できているようだ。 グァテマラで6ヶ月の生活の後のメキシコという事も大きかったと思う。何し ろメキシコでは「サービスの質」というやつが全てにおいてグァテマラより格 段に上なのだ。例えばメキシコ国内の長距離バスは、グァテマラのバスに慣れ た後では、値段はかなり高いがすばらしく快適というものである。たくさんの 時間バスに乗ったが、XelaからLa Mesillaの間のグァテマラ国内のバスの大変 さから見ると、メキシコ内の移動は殿様旅行のようであった。 最後に閉口したのは、メキシコの出国税として一人237ペソ(2600円)も取ら れたことであった。今年の一月から制定された税金らしい。グァテマラの物価 からするとべらぼうに、メキシコの物価からしても不当に高いと思える出国税 だ。空路の場合はわからないでもない、「飛行機に乗れるような金持ちからは 取れるだけ取れ」ということだろうし、実際飛行機の切符の料金からするとた いした額ではない。しかし陸路でこの額というのは、バスで貧乏旅行している 人からもみんな取るということになるのだろうから、少しむごい気がする。 3ヶ月後にまたたぶんメキシコに来ることになるだろうが、またさらにグァテ マラとメキシコの違いを理解することになろう。3ヶ月に一度グァテマラから 出ないといけないというのは少しやっかいではあるが、周辺国との比較でグァ テマラの理解を深める機会になるということはある。 メキシコから帰ったらXelaの朝方の冷え込みがびっくるするほど激しくなって いた。11月、12月は氷が張るほど寒くなるという話を聞いていたが、いよいよ そういう時期が到来しつつあるようだ。 死者の日11月1日は「諸聖人の日」で死んでしまった全ての聖人にお祈りする日で、11 月2日は「死者の日」で死んでしまった身近な人にお祈りする日である。この 二日間はグァテマラにとっては重要な祝日である。USのように「諸聖人の日」 前日が起源のハロウィンを祝う習慣は、グァテマラではほとんどないが、最近 はテレビ番組やUS帰りの人達の影響のせいか多少輸入されつつあるようにも見 える。 この二日間に、みんなお墓まいりに行って、お墓をきれいに飾り付けると同時 に、子供は凧揚げをして遊び、みんなでfianmbre というたくさんの種類の肉 や野菜の入った特別な料理を食べる。 私はUAMの人達が仕事を休みにするのかどうか知らなかったので、とりあえず 11月1日にオフィスに行ってみたがやっぱり閉まっていて誰もいなかった。マ コに電話をしてみたら、「あー、言ってなくてごめん。今日と明日は仕事はお 休み。」ということだった。正月に仕事があるかもしれないと思って出勤した ようなものだったのだろうか、とにかく何もいわなくてもみんながお休みする 祝日のようだった。 お墓の様子がどうなっているのか、とにかく見ておかなくてはと思い、Xelaに ある大きな墓地に行ってみたら、そこは大変な人出で、隣接する公園付近は出 店もたくさん出ていてお祭り騒ぎだった。お墓はどれもみんなきれいに飾り付 けされていて、それも日本のお墓のように地味に飾り付けるのではなく、あざ やかな花を使っていたりして、見て回るだけでもけっこう楽しめる有り様だっ た。 凧揚げをしている人もたくさんいて、中にはかなり空高くまで上がっている立 派な凧もあった。私達もQPに買ってやった安物の凧を持っていってトライして みたが凧のバランスが悪く安定して空高くまで上げることはできなかった。QP には、凧上げはまだ少し難しい遊びなので、少しまね事ができただけで十分だっ たであろう。 fianmbreという料理はせっかくの機会なのだから是非ともトライしてみたいと 思った。材料の種類がものすごく多いので家で作るというのは少し面倒だし、 やっぱりグァテマラ人が調理したものを食べてみないことには、本当の fianmbreというものを味わったことにはならない。墓地からの帰りに、 「fianmbre あります。」というようなレストランを何件か見たので、その中 の一つで買って持って帰って食べてみた。超美味という感じのものではないが、 確かにたくさんの種類の野菜や肉が入っていておいしい。きっと日本のおせち 料理に相当するようなものなのだろう。 軍政はまぬがれる大統領選挙の決選投票が11月4日に行われて、UNE(Unidad Nacional de la Esperanza)のÁlvaro Colomが5.6%の差でPP(Partido Patriota)のOtto Pérez を破り、新しい大統領になることが決まった。 Mano Duraのすさまじいキャンペーンで、PPが勝ち「選挙で選ばれた軍事政権」 というやつになってしまうこと必至かと思われていたので、結果を見て胸をな でおろす思いだった。内戦時代の苦い思い出がある人々の中には、「軍が力を もつのだけはごめん」という思いが強く、それがPPを拒否する結果になったの だと思う。これで、とにかく次の4年間に無茶苦茶なことが起こるのは避けら れるであろう。 PPはほとんどの地域でUNEに破れているが、大票田のグァテマラシティーで20% 近く差をつけて勝っている。大都市に人々がなだれこみ、その結果、高失業率 と高犯罪率に悩むことになるという、第三世界の大都市で顕著な現象をバック に、「軍で犯罪を制圧する」というキャンペーンで人々の心をとらえてしまう。 何かファシズムが人々の支持を集める過程に非常に近い感じがするが、グァテ マラシティーの様にバスに安心して乗ることもできないという様な状況になる と「とにかくこの犯罪天国をなんとかできる人なら誰でもいい」と思ってしま うのであろう。 UNEは、経済発展重視でまず貧困からの脱出を目指す事を重視する路線の様だ が、大量に存在する貧困層が地力をつけて自ら貧困を脱出して行く道を開かな いと、経済発展もおぼつかないだろう。結局、富の激しい偏在に手をつけるこ とができない限り、真の意味での発展は難しく、政党の存在基盤への利益誘導 から自由でない以上それはとてつもない難行であろう。 話が少しそれて新聞の話になってしまうが、私が時々買っているPrensa Libre という新聞では、PPが10%近くリードしている様な選挙前調査の結果を報道し ていた。一次投票の前にも、実際の結果とは異なるPPがすでに逆転していると いう調査結果を報道していた。どうも、この新聞の調査はあてにならないよう だ。記事の内容も露骨ではないがかなりPPに対してひいき目があったような気 もする。 Xelaで買える新聞ではこの新聞とLa Horaだけが、普通の新聞で、他にものす ごく売れているDiarioとか、地元紙のQuetzaltecoとかもあるが、半分以上が スポーツ報道と水着のお姉さん達の写真で占められている。La Horaが一番硬 派新聞だがグァテマラシティーの夕刊紙なので、Xelaではあまり売っている場 所がなく、結局全国一般紙としてはPrensa Libreしかないということになる。 そういうわけで、私の選挙関連の情報源は、このあまり信用できないPrensa Libreだけしかなかった。 アグア・ポタブレとアグア・プラ11月の半ばに3日続いて長時間の断水がありかなり困った。 グァテマラの水道水はアグア・ポタブレと呼ばれて、直訳するば「飲める水」 ということになるが、これは決して飲んではいけない水である。グァテマラ人 でも普通の人はまず飲まない。たまに平気で飲む人がいるらしいが、そういう 人はグァテマラ人の中でも超人的胃袋の持ち主と見られる。 グァテマラの本当に飲める水はアグア・プラで直訳すれば「純水」。これは店 屋でボトルやタンクで売っている水だ。他にアグア・プラの業者のトラックが 時々家の前を通るので、それをつかまえられれば近所の店屋から重いタンクを 背負ってこなくてもすむ。 飲めないとは言っても蛇口をひねれば出る水があるというのはありがたいこと で、洗濯、食器洗い、シャワー、水洗トイレ、こういうものはみなこのアグア・ ポタブレに頼っている。半日くらいの断水はしょっちゅうあるので、ある程度 慣れていて、その程度ではたいしてダメージを受けない。しかし、長時間の断 水が3日も続くというのは、半年間のグァテマラ生活でも初めてで、慣れてい るレベルをはるかに越えていた。 幸いに洗濯用の水は洗い場の横のタンクにいつも貯めてあるので、それを汲ん で持っていくことで、トイレなどはなんとかこなせた。長時間断水と言っても 24時間ではないので、「出る」ということになるとすかさずこのタンクに水を 張ることを怠らなければなんとかトイレはこなせる。 このタンクの水の重要性が増すと、安易に洗濯でジャブジャブと使うというわ けにはいかなくなり、洗濯はどうしても滞りがちになる。3日間で終わってく れなければ、どこか営業している洗濯屋さんを探すことになっていただろう。 シャワーは、蛇口のところについている電気ヒーターでお湯を作るタイプなの で、蛇口からお水が出ないことにはどうしようもない。幸いXelaの近くには ロス・バーニョスがあるので、ここに行くことでシャワーがないのは何とかし のげた。 UAMでの仕事UAMでボランティアを始めてから3ヶ月近くがたった。基本的に午前中は毎日オ フィスに出て働くようにしてきたので、こちらでのオフィス環境の様なものに は少し馴染んできた気がする。 日本の様なあまり握手したりとか抱きあったりとかいう体の接触を伴う挨拶の 習慣がない国の人間としては、初対面ではたいてい握手をするUSの習慣でも 少しとまどう。しかし、その程度ならまぁ適応するのはどうということはない。 中南米の方に来るとその程度がはるかに激しくなり、初対面だけではなく知っ ている人と会うとかならず握手をし、それも会った時に握手して立ち話が終わ り別れる時にまた握手という感じだ。オフィスでも、人が入ってくると「おは よう」とか挨拶するだけではなく、一人一人のそばに行って握手をする。女性 同士、あるいは女性と男性の場合は、握手ではなくて抱きあって頬をよせてキ スの真似事のようなしぐさをする。 これに馴染むのは少し大変だ。まぁ「外人だから」というので大目に見てくれ ているとは思うが、「おはよう」とか一言の挨拶ですませてすぐに仕事につい てしまっていた時には、かなり冷たい人間だと思われてしまっていたことだろ う。最近は少しは、馴染んできたのでちゃんと握手はするようにしている。相 手が女性の時、キスの真似事をするというのは、ちょっと自然な感じではこな せないものがあり、挨拶だけとか握手ですまさせてもらっている。郷に入って は郷に従えとは言っても、郷の人達は子供のころからの習慣で自然に体が動い ているのであり、それにいきなり合わせろと言われても無理だ。下手にこれに 完璧に合わせてしまって、日本に帰って、ついその習慣を出してしまったら、 「変態」とか「セクハラ」とか言われてしまうだろう。10年とかの単位で住む つもりでない以上、郷に従うことはそこそこにしておいて、「外人だから」で かんべんしてもらっておくのがよさそうだ。 UAMでの仕事の内容の話を少し書いてみようと思うが、かなりテクニカルな話 になるので、普通の人にはわけのわからない話であろう。時間を無駄にしたく ない人(そんな人はそもそもこんなページは読んでないであろうが)は、この 項の残りは読み飛ばす方がいいだろう。 最初にUAM紹介のWebサイトを作ったが、これは4年前に作られていたサイトを 現状に合わせて更新して、簡単なText-HTMLコンバータのスクリプトを組み込 んでテキストベースで比較的簡単に更新できるようにするだけの作業で、大し て時間はかからなかった。あまり真剣に更新したいと誰も思っていないような ので、この後どれだけ活用されるかは疑問だが、とりあえず大きな変更でなけ れば自分達だけ更新できるようにはしておいた。 次に、UAMの下にあるCCAというコーヒーだのジャムだのを販売している組織の 商品紹介ページを作ることになった。将来的にはオンライン販売も実現したい というつもりのようなので、この機会に商品紹介に留まらず販売、管理もでき る総合的なサイトを作っておくのがよかろうということになった。クレジット カード販売など不可能なグァテマラで、そういうサイトをどれだけ機能させる ことができるのかいろいろ疑問点はあるが、仕組を作っておいてあげるのは悪 くはないだろう。 グァテマラのマイクロソフトに侵されてしまっている状況は、他国にもれず相 当ひどく、何かのデータ管理が必要であるとなると、誰も彼もがマイクロソフ ト・アクセスを使っている。不正コピーが出回っているからマイクロソフト・ アクセスのプログラム自体はただみたいなものという感覚で、マイクロソフト・ アクセスのデータがデフォルトで共有できるデータフォーマットになってしまっ ている。これをなんとかしていくのは並大抵のことではない。特にもうデータ をマイクロソフト・アクセス上で構築してしまっていたら、それからフリーウェ アベースのソフトに乗り換えろと言うのは、なかなか言えるものではない。 ボランティアとかでやってくる人間もほとんどマイクロソフトしか知らない連 中であり、もしそういう人の一人が仕事をしていれば、マイクロソフトSQLサー バーを立ち上げようとしたり、マイクロソフト・アクセスと連動するウェブア プリケーションを立ち上げようとして、さらにがんじがらめにマイクロソフト 帝国の下で生きるしかない世界にしてしまうところであろう。 もちろん、私はマイクロソフト帝国の支配に手を貸すことは絶対にしない。 「商品データベースと連動するウェブアプリケーションを構築するのに、マイ クロソフト・アクセスなどは考えるな、私がそれよりはるかにいいソリューショ ンを提供してやるからまかしておけ」と、一応言っておいてみたものの、組込 みシステムのファームウェアーの様な仕事ばかりしてきた私にはスモールビジ ネス向けウェブアプリケーションというのは全く専門外である。しかし、ボラ ンティアで納期に迫られることもなく仕事ができる状況というのは、新しいこ とを勉強しながらやるのにちょうどいい。というわけで、「まぁ、なんとかな るだろう」という持ち前の楽観主義で、一つ本格的なウェブアプリケーション というものにチャレンジすることにした。 本格的なウェブアプリケーションを構築するとなると、自分でゴリゴリとプロ グラムしていくのでは少し無理があることは自明のことだ。何かのプラット フォームを導入してその上に構築するしかなかろう。ではどういうプラット フォームが使えるか。私が知っている範囲では、'zope'と'Ruby on Rails'だ が、どちらも名前程度しかしらない。'Ruby on Rails'は最近評判が高いが Rubyベースで、私はRubyのプログラミングには手を染めたことがない。一方、 割と昔から名前を聞いたことがある'zope'はPythonベースで、Pythonであれば かなりなじみがある。'zope'の最新バージョン'zope3'を少し調べてみたが、 かなり難解そうだ。「難解そうだから避けよう」といかずに「難解でありなが ら、これだけ生き残ってポピュラーな地位を保っているというからには、難解 の向こうに限りないポテンシャルを持っているに違いない」などと考えてしまう ところが、何というか職業病みたいなもんなのであろう。 まぁ、そういういろいろでzope3をプラットフォームに選んだ。当然のごとく 「難解の向こうに」にたどり着くには、それに「はまる」という過程を経なけ ればならず、2ヶ月近くスペイン語の勉強は忘れてzope3にはまってしまった。 近年の私の仕事スタイルは快適なインターネット環境があることを前提にして いてわからないことは、たいていの場合googleサーチにより調べをつけていた。 ところがUAMではインターネット接続はあることはあるが、そういうリサーチ をするには接続品質が悪すぎる。15分間くらい死んでしまうことはしょっちゅ うで、メールの読み書きにも少し苦労をする始末だ。インターネット上のリサー チができないと、一般的にドキュメンテーションが悪いフリーウェアを使いこ なすのは難しい。わからないことは、半死にのインターネットで何か情報を探 すより、ソースを読む方が早いことになり、これでは一般人がフリーウェアを 選ばないのも無理はない。 私の場合は、もうソースを読む以外選択肢はない。そうやって、はまってみる と、私のPythonの知識がまだまだ浅いことを思い知らされて、そのせいもあり 予想以上に時間がかかってしまうことになった。まだ、「難解の向こうに」に たどり着いた感じはしないのだが、11月下旬時点で、一応かなりのことが zope3上でできるようになり、CCAの商品紹介サイトもそれなりの形はできた。 今の仕事環境では、さらに2ヶ月くらいはまらないと、100%思った通りのもの はできないだろうが、そのまえに現状レベルのものをCCA の担当者に使っても らえるかどうか見極める必要があろう。 QPと二人暮らしの日々Akeが11月末から12月始めにかけて妹の結婚式に参加するために一時帰国して いる間、私とQPの二人暮らしになった。こういう時に限って、他にもいろいろ と忙しくなるイベントが重なるものである。UAMであるファースト・リリース に相当するCCAの商品管理サイトの使いかたを説明する説明会の時など、時計 を眺めながらQPを幼稚園に迎えにいく時間までに何とか終わらせて、片付けも せずに走り出て行かねばならなかった。 また別のボランティアでUSの団体から中古のPCの寄付を受けた学校の先生達に PCのハードウェアの概略を教える講習会の先生をやったのだが、それもこの期 間中で、QPには映画やゲームなどで3時間は遊べるようにパソコン上に準備し ておいて、私が先生をやっているかたわらで一人で遊ばせておいた。私はQPが 講習会の邪魔をすることを恐れたのだが、けっこうパソコンに集中して遊んで くれて、むしろ講習会の参加者の方が、5歳児がひたすらコンピュータに向かっ て遊んでいるのに興味があり、何人もの人がQPが何をやっているのか覗き込み にくる有り様だった。 私は、5年位前に買った古いノートパソコンをQPに使わせているが、それでも 学校が寄付でもらった中古のパソコンよりは性能が上で、参加者の学校の先生 達にとっては、何か高性能のノートパソコンを小さな子供が使いこなして遊ん でいるように見えたのかもしれない。 とにかく、普段は家事の多くをAkeに担当してもらっている分だけ、いざ父子 二人だけの生活になるといろいろと大変である。洗濯や食事などは何とかこな せるのだが、子づれ出勤で仕事をしたり、買い物に行く時間を作ったりするの がけっこう大変である。 QPにしてみれば、父親との生活全体が何か一つの遊びである様な感覚でとらえ ているようで、父親がやっている事は全て自分も参加できる遊びに違いないと 思っているかのようである。母親が料理をしている時など「自分にも手伝わせ ろ」というような事をQPが口にすることはないのに、父親が料理をしていると、 しきりに主張する。まぁ、これは普段私が家事をあまり担当していないことの 証明でもあるわけで、「グァテマラの生活ではきちんと家事の半分は担当しよ う」と思ってきた事を実行してきていないのを責められているようでもある。 結局、この期間中、特にQPの幼稚園の休暇中特別クラスが終了してからという ものは、ほとんど家事とQPの世話だけで手一杯という感じであった。そういう 中でも動物園でイベントがあると聞くと、おにぎりを作ってQPを動物園に連れ ていった私の「親バカ度」も相当なものかもしれない。 日本のおやじ、グァテマラのおやじUAM-CCAの商品紹介サイトのメンテナンスの仕方を担当者に教えて、商品デー タの変更、新しい商品の追加など自分でできるようになってもらうことは、何 とかできたような気がする。この部分に力を入れてサイトを作っただけに、と りあえずの目標は達成できた。 商品紹介の写真を簡単に自分のパソコンの中から貼り付けられるとなると、 「おれはいい写真を持っている」とか言って、引っ張り出してくるのは、女の 子が商品を持っている写真、商品よりも女の子の方がはるかに大きなスペース を写真の中で占める。それも商品はコーヒーとかジャムとかである、「誰が買 うのかよく考えたら、女の子の写真はあんまり表に持ってこない方がいいので はない」と忠告して、他の同僚の意見なども聞かせて、なんとか女の子の写真 は後ろの方に持っていくことで納得してもらった。 こういうのが好きな人達をどこかで知っている、そうだ日本のおやじ達だ。US に住んでいたころ、日本企業の新製品紹介写真の多くが、新製品を持ってにっ こりしている女の子の写真で、「どうして、日本ではいつまでたっても『女の 子にまず人の注目を集めさせる』という発想から逃れられないのだろう」と思っ ていたが、グァテマラのおやじも同じことを考えるようだ。 そもそも、その「女の子効果」というのは本当にあるのだろうか。「おやじ」 は自分がまず女の子に目が行くものだから、世の中の人、少なくとも男はみん なそうだろうと思う。かくいう私自身も「おやじ」の一部であり、CCAの担当 者よりは年配の「おやじ」であるが、自分の場合はどうだろうか。「まず女の 子に目が行く」というのは多少ある、しかし、それで商品を買いたくなるかと いうと、話は別だ。まず興味がなければ広告はまるっきり見ないから、広告に 目を向ける時点ではすでにその商品に興味を持っている。そこで商品よりも女 の子を見せているようだと、「この会社は、真剣に商品を見せようとしている とは思えない」と思って少し引くというか、警戒する。 たぶん「おやじ」主流派は強固に「女の子効果」を主張するに違いない。しか し、あれだけ金が全てで動いてるUSでは何故この手の広告は少ないのだろうか。 「女性の社会進出度」の差が影響しているのか。統計的なことをきちんと調べ あげて考察しないと何ともいえないが、それだけではないような気がする。US のマーケティング手法は、徹底的に経済的客観性に基づいているから、女性に 与える企業イメージも考慮すると、「女の子効果」の経済性はさしてないと結 論しているのではないだろうか。 「女性の社会進出度」と「マーケッティングにおける客観性」この二つが総合 した結果、日本とUSの差が出ていると考えると、「女性の社会進出度」が低く、 かつ「マーケッティングにおける客観性」はかなり低いグァテマラで、この 「女の子効果」信仰が出てくるのは、あって当然かもしれない。 Volcán Santa Maria
現在噴火活動は行っていないので登頂は可能。是非一度登ってみたいとは思っ ていたものの、3000m級の山の登山経験がない私としては、ちょいと行ってき ますと気軽に登れる山ではない。PLQがたまにツアーをやるので、それに便乗 させてもらおうと思っていたのだが、12月のクリスマス間際の時期になってやっ とそのツアーに参加することができた。 車で連れていってくれる登山口はかなり高いところかと思っていたら、2500m 足らずのところで、標高2350mのXelaの町からは、ほんの少し上がっただけの ところだった。そこから1300m近くの標高差を自力で登るというのは、かなり の難行と思われたが、とにかくがんばるしかない。実際、標高3000mを超えた あたりから、つづらおりでどこまでも続くように見える急な坂道で、かなりバ テてしまって、20代の若者ばかりのツアーグループからかなり遅れをとること になってしまった。完全にバテてしまうとなかなか回復できなくなるので、無 理して若者についていかずにマイペースを保ちながら歩き、標高3400mを超え たあたりからは5m歩くたびに呼吸を整えながらという非常にゆっくりしたペー スになってしまったが、それでもなんとか登りきることができた。 標高2350mのXelaに半年以上すんでいることで高地になれた体になっていると いうアドバンテージがあったはずなのであるが、50が近い年齢と日頃の運動不 足を考えると、登りきれただけでもよしとすべきだろう。
帰りは急な坂道とあまりよくない靴のせいで、足に血豆ができたりして少し痛 い思いをしたが、登りよりははるかに楽であった。まだまだどんどん登ってき ている人がいたが、インディヘナスの人達の中には、子供を背負っている人も 何人かいたし、QPくらいの小さい子の手を引いて登っているのも見た。山頂で 大事なセレモニーとかお祈りとかがあるのであろうが、その体力に敬服すると 同時に自分達の軟弱さも痛感した。 まぁ、とにかく、これからは、あの三角おにぎりの山を見る毎に、「おれは、 あそこに登ったぞ」と思えるのである。しょうもないことであるが、人間はそ ういうしょうもないことがうれしいものだ。 (2007年12月22日) |
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