日々の生活5

クリスマス前後

グァテマラの多くのビジネスは12月の中旬くらいから1ヶ月近くの休暇に入る。 もちろん、街頭商人達や田舎の農家の人達にはそんな休暇はない。休暇がもら えるような人達でも、この期間をのんびりすごすほど余裕がない人達は、にわ か街頭商人になっているのではないかと私は思っている。というのは、この期 間に街頭商人の数がものすごく増えるからで、マーケットの近辺ではクリスマ ス関連の商品だけでなく、ありとあらゆるものの露店が、人が歩くのにも苦労 するほどびっしり道路を埋めつくす。とにかく、街の活気は大変なもので、そ れはクリスマスイブの日まで続く。

クリスマス当日の午前0時には、すさまじい花火が町中で鳴り響く。クリスマ ス数日前から毎晩あちこちで花火が鳴っていたので、クリスマス当日はたいへ んなことになるだろうと予測はしていたのであるが、そのレベルをはるかに越 えるすさまじさにかなり驚かされた。あれは規制などというものがない世界で 初めて成り立つもので、町中のいたるところで、爆竹レベルのものから大型打 ち上げ花火まで、人々が思い思いに勝手に花火を上げていて、午前0時前後に は私の住んでいるところからでも360度どこを見渡しても花火が見え、すぐ頭 の上にも巨大な花火が大音響を立てて上がっていた。「貧しいグァテマラ人が どうしてこんなに花火にお金を使えるのだろうか」という疑問が頭に浮かんだ が、クリスマスを祝うことの重要性を私は十分理解してないからそういうこと を考えてしまうのだろう。

部屋が洪水になってしまった時でさえすやすやと寝つづけていたQPであるが、 さすがにこの大音響には目を覚まし、ふとんの中でおびえながら花火の音が静 まるのを待っていたようだった。

UAMのマコが、クリスマスイブの日に私達の住むアパートを家族づれで訪問し てくれて、私達家族みんなにプレゼントをしてくれた。日本で年始の挨拶の習 慣があるように、グァテマラでもクリスマス前にプレゼントを持って知人・友 人の家を回ったりすることをするらしい。マコは私から見れば上司の立場にあ たる人であるが、私がボランティアで仕事をしているのに感謝してくれて、特 別に私達家族を訪問してくれたようだ。どういう形であろうと感謝の気持ちを 示してもらえるというのはうれしいものであるが、忙しいクリスマスイブに家 族連れで訪問してもらったことには特別のものを感じた。

25日の日の朝は、みんな前夜の大騒ぎの疲れでぐっすり寝ているのであろう、 街はおどろくほど静かで、ふらふら歩いているよっぱらいのおじさん、花火の くずを掃除している人、などを多少見かけただけでほとんど人影はなかった。 それでも、小さな個人商店の中には開いている店もかなりあってびっくり、 「どうせ家にいるんだから開けるだけ開けておけ」という感じなのかもしれな いが、クリスマスだろうとなんだろうと年中無休の働き者の人達もたくさんい るようだ。

クリスマスが終わってから新年にかけては、かなりトーンダウンする感じであ るが、クリスマスの余韻をひきずって、あわただしい感じが残る。1月1日の午 前0時に再び激しい花火がそこらじゅうで打ち上げられる。クリスマスの時に 比べれば、規模が小さいが再び夜中に目を覚ますのには十分な大音響であった。

Tikalへの旅行計画

3回目の滞在許可の更新は、QPの学校の新学期が始まる前に済ませるために少 し早い目にすることにした。グァテマラ観光と言えばTikal(ティカール)の 遺跡と言われるぐらいティカールはグァテマラでは最大の観光ポイントであり、 かつマヤ遺跡の中でも最大級に重要な場所である。ここにはいつか行ってみた いと思っていたのだが、暑い時期に行くと、うだるような暑さの中で蚊に追わ れながら見学することになり大変だという話を聞いた。12月、1月というのは 暑さがやわらいでいるベストシーズンで、「行くなら今」と判断して、ティカー ル旅行をかねて滞在許可の更新をしに行くことに決めた。どういう旅にするか、 まずはじっくり地図をながめてみる。

Tikalの近くの町FloresからBethelという国境の町に向かい、そこかろから ボートでメキシコ側のCorozalに渡り、メキシコ側をグァテマラ国境沿いに旅 してCuauhtémocからグァテマラ側のLa Mesillaに入り、バスでXelaに戻るとい うコースが大変魅力的に思えた。メキシコ・グァテマラ国境の地域にはすばら しい自然環境があり、Lacandonesと言われるインディヘナスの人達が自分達の 文化を守りながら生きている。チアパス州はエコツーリズムとして人々を誘う ために、そういう場所にいくつか宿泊施設をつくりきれいなパンフレットを作 成しているから、きっと行けるだろう と思った。しかし問い合わせてみると、どこかでレンタカーを手配して行かな いと交通手段がない。San Cristóbal de Las CasasやPalenqueあたりからはツ アーが出ていそうだが、そういう場所は3ヶ月前に旅したばかりでかつ同じ道 を長時間かけて行ったり来たりすることになり、あまりに効率が悪い。という わけで、このコースはあきらめざる得なかった。

メキシコ・グァテマラ国境地域を回るのは難しくても、Corozalの近くには、 YaxchilánやBonampakといった見どころのある遺跡がある。このあたりをじっ くり見てから、大きく遠回りであるが、Palenque、San Cristóbal de Las Casas経由でCuauhtémocに向かうというのはまだ一つのオプションとして有り 得た。

Floresからはメキシコよりもベリーズの方が近い。ベリーズの観光売り物は、 カリブ海に浮かぶ珊瑚礁の島々で、シュノーケルでもけっこう楽しめそうだが、 QPは親が交替で魚を見てきた話を聞くだけになってしまって、それではあまり にかわいそうだ。それに、ベリーズの物価はかなり高く、旅行に伴う出費も大 きくなる。というわけで、ベリーズ路線はかなりなさそうに思われた。

よく考えれば、Tikalに行くには必ずグァテマラシティーを通らないといけな いのだから、半年前に行ったオフィスに行って滞在許可の更新を済ませば、何 もグァテマラ国外にでなくてもいい。それなら、メキシコやベリーズに抜ける ことを考えずに、グァテマラ東部のRio DulceやLívingstonという、ガリフナ 文化を持つ町を見て回るのがおもしろそうだ。あるいは、Floresからグァテマ ラの中央部を南下して、Sayaxché近辺の自然やSemuc Champeyの天然プールな ど見てCobán経由で帰る手もある。

いくら考えてみても結論は出ず、とにかくFloresに行ってTikalを見学して、 その後のことは現地での気分で決めようということにして、Floresに行く片道 の飛行機切符だけを手配。飛行機はちょっと高かったが、グァテマラシティー から10時間のバス旅か30分の飛行かとなると、時間とエネルギーの節約をとり たくなった。

成行きまかせの旅行、まずはFlores、Tikal

さて、実際の旅行は予定どおりまずバスでグァテマラシティーに向かいそれか ら飛行機でFloresに飛ぶことから始まった。

新しくモダンな空港に生まれ変わったグァテマラシティーのAurora空港を初め て使ってみたが、たしかにUSの空港なみに便利になっていた。「飢えている人 がたくさんいる国がこんな空港を作るために大金を使えるのか」という議論は たくさんあったようである。たしかにほとんどのグァテマラ人は空港を使うこ となど一生に一度もない。ただツーリストや海外投資家を呼び込んで、その経 済効果の結果グァテマラ人が潤うということであろうが、ほんとうに一般のグァ テマラ人が潤うのかどうかかなり疑問は残る。

まぁとにかく、飛行機は便利であっというまにFloresに着いた。Floresは Tikalを訪れる人達で人気のある観光地で、クリスマスから新年にかけてはと くに混むからホテルは予約しておいた方がいいということだったので、たまに 少し贅沢してもいいかと思って一泊$50もするホテルを予約していた。遺跡め ぐりで退屈したQPを少しなだめるためにプールつきのホテルを選んでわけであ る。しかし、これは結果的に大失敗だった。グァテマラにも一泊$100以上の超 高級ホテルはあるが、私の感覚では一泊$50でも十分超高級なはずである。し かし、Floresはすべての物価が高くホテル代も高い。部屋を見て大きく失望、 普通なら「こんな部屋なら安ホテルで十分」と別のホテルに向かうところであ るが、予約した時に一泊分の代金をすでに払ってあるので、キャンセルするわ けにもいかず、そのままそこに宿泊。子連れ旅行の難点は、いったんホテルに 落ち着くとホテルを変えるというのは非常におっくうになってしまうところで、 そのまま「まぁ、いいか」というわけで合計3泊してしまった。その上、私達 が泊まっていた期間はグァテマラに寒波が襲った時期で、比較的涼しい季節の 上に寒波とあって、プールを使うことなどまったくなかった。やはり、ホテル は現場で自分達に選択権がある状況で選ぶようにすべきだった。

Tikalの遺跡のすばらしさはマヤ遺跡ファンでなくても十分堪能できるもので ある。その規模の大きさとジャングルに囲まれている独特の雰囲気は、ガイド ブックでも十分強調されているが、実際に自分の目で見ると、なるほどと思う。 さすがにこれだけの観光地で休暇シーズンとなると観光客も多いが、なにしろ 広大なので、そんなに「観光客で混み合っている」という感じはしなかった。

Ceiba
遺跡の中のあちこちに大きなセイバの木があり、QPは学校で「グァテマラの木」 として習っていた木をついに見ることができたのがとてもうれしかったようだ。 セイバは巨木になると下の方はまっすぐの太い幹だけで枝が木の上の方で大き く広がっている。とても特徴があるので、一目で見分けることができる木であ る。グァテマラが「国の木」に指定したくなるのもわかる。古代マヤの人達に とっても特別に重要な木であったようだ。

2日目は、Floresの近くにあるBiotopo Cerro Cahuíというジャングルの保護区 の中の散歩道を歩いてみた。テレビでしか見たことのない様なジャングルの中 の小道を歩くというのは大変楽しい体験である。QPも自分が持ってきたぬいぐ るみのスカちゃん(グアカマヤ - 金剛インコ、よ くプリンタの広告に出てくる色あざやかな鳥、英語名がスカーレットマコウな のでスカちゃんという名がついた)に友達がいるのではないかと最初は興奮し ていたが、そのうちに退屈してしまった。でも、スカちゃんは後日本当に友達 に会えることにになる。

Flores、Tikalというのは、遺跡と自然を見るための観光地なので、今生きて いるマヤの人々の生活に触れることはほとんどできない。私はもうXela人感覚 なので「こういう場所だけを巡って『グァテマラを見た』という気分になられ ては困るなぁー」と思ってしまう。グァテマラに来るなら、Xela近辺の様な今 生きているマヤ人の生活臭が濃いところも是非見てほしい。

Akeの食欲全てを制す

Flores、Tikalの後どこへ行くか。メキシコへ回るのはすでに知っている道を 長いバス旅行することになるので気が進まなかった。グァテマラ国内で他の町 を巡りながらグァテマラシティーに帰って滞在許可の更新をしてから帰るとい う方針に落ち着きつつあった。

それでもまだ選択肢はたくさんあったが、AkeがLívingstonにはTapadoと呼ば れる魚介類のシチューの様な大変おいしい料理があり「なんとしても、それが 食べたい」と言う。他に強い主張がなければ強い主張を持つ人の言うことはた いてい通るもので、結局LívingstonにTapadoを食べにいくことで落ち着いた。 もちろん、グァテマラのカリブ海側とガリフナ文化に触れてみたいということ もあったわけで、食欲だけが全てではなかった。

FloresからRio Dulceまでバスで約4時間半、ちなみにこのバスはファーストク ラスバスだったので割と楽であった。そこからボートで1時間半、ボートは ちょっとしたツアーになっていて、見どころのあるところではエンジンを弱く して徐行してくれる。QPはツアーの部分よりもエンジン全開で激しい水しぶき をあげながらボートが進むのを喜んでいた。Lake Atitlánで脅えて親にしがみ つきながらボートに乗っていたのがついこの間の様な気がするのだが、よく考 えれば2年以上たっているのだからこのくらいの成長はあって当然なんだろう。

AkeはLívingstonでTapadoを食すことができて大満足。久しぶりに魚を食べた ということもあったが、Lívingstonの魚料理はたしかにおいしかった。ガリフ ナ語らしき言葉を話す黒人がたくさんいる町の雰囲気は、グァテマラ西部とは まるっきり違っていて興味深かった。

Tapadoを食べる以外に何をするか。ビーチへのツアーに参加することも考えた が、「こんな寒い日に行っても何も楽しいことはないよ」というホテルのおば さんの助言もあって、Lívingstonに長居することはやめて、他の町に向けて旅 を続けることにした。Lívingstonとグァテマラシティーの間には、Quiriguáと いうトーテムポールの様なユニークな遺跡で有名な場所がある。そこに寄るこ とを最初に考えたが、少し足を伸ばせばホンジュラスまで行ってCopánの遺跡 を訪れることもできそうだった。CopánはTikalに匹敵する重要なマヤ遺跡であ るから、ここを見ればメキシコのPalenqueと合わせてマヤ三大遺跡を見たこと になる。それにホンジュラスという知らない国に足を踏み入れることができる のも魅力的である。そう思うと、もうCopánに行く以外はないような気になっ て、Lívingstonに一泊した翌朝早く出発してCopánに向かうことにした。

LívingstonからボートでPuerto Barriosに渡り、そこからChiquimulaまでバス で約4時間半、これはチキンバスだったが、その割にはいいバスだった。もち ろん途中でぎゅうぎゅうになったことは言うまでもない。Chiquimulaの近辺は 最近砂漠化が進んで一部には食糧不足で飢餓状況に陥っているところがあると 聞いていたが、たしかにバスから見える風景は荒涼とした砂漠に近い様なとこ ろだった。

Chiquimulaからグァテマラ側国境のEl Floridoというところまでマイクロバス で約1時間半、国境を越えてホンジュラス側のマイクロバスで約20分ばかりで Copán Ruinasの町に着く。

国境を越える時、グァテマラの出国手続きのオフィスで、再入国する時に新た に90日の滞在許可をもらえるか聞いてみた。CA-4の関係でホンジュラスへの出 国では無理と知っていたが、何か状況が変わっているかもしれないし、とにか く聞くだけでも聞いてみようと思ったわけである。そうしたら、そこの役人は 「翌日の午後以降に帰ってくるなら可能だ」と言う。半信半疑だったので、何 度も繰り返して聞いて確認した。「なんだ、CA-4の情報は間違っていたのか。 これで帰りにグァテマラシティーのオフィスに寄らなくてもすむからラッキー」 というわけで少しハッピーな気分でホンジュラスに入国した。

後でグァテマラに再入国する時にわかったことだが、公的な情報としてCA-4領 域内での移動では新たな90日はもらえないというのは間違っていなかったよう である。実際ホンジュラス側の役人が「もうグァテマラ側のオフィスにはいか なくてそのままグァテマラに行ってよろしい」と言ったとき。「でも私たちは 新たな90日滞在許可をもらうためにグァテマラ側に行く必要がある」と私が言っ たのに対して、その役人は「それはグァテマラシティーかメキシコに行かない とできない」と言っていた。私が、「でも、でも、グァテマラ側の役人はでき ると言っていた」と主張したら、ホンジュラスの役人が私達のパスポートを持っ て隣のグァテマラ側オフィスの役人に手渡しに行った。グァテマラ側の役人は、 「できるけど一人Q50だよ」と言う。どうやら非公式だけど金を出したらやっ てあげるということのようだ。グァテマラシティーのオフィスに行って時間の かかる手続きをしなくていい上に、費用も半分以下である。何か内規の様なも のがあってQ50なのか、それとも単にこの役人のおじさんが小遣い稼ぎとして 決めた額なのか。とにかくQ50は賄賂の類のものであろう。少し後ろめたい感 じはあったが、この時はこの非公式な処理に頼ることにした。

スカちゃん、ついに友達に会う

Copánはグァテマラ国境のすぐ近くにあり、グァテマラ側から訪れる人も多い ので、グァテマラの旅行ガイドの中にもかなり情報がある。そのおかげで、ホ テル探しにも苦労せずにすんだ。しかし通貨のlempiraのレートがどのくらい なのか全く見当がつかず、入国したのが日曜で両替商人に頼るしかなかったの で悪いレートをつかまされないように、あちこちでレート情報を聞いて回る必 要があった。再びホンジュラスに来るかどうか定かではないので、必要最小限 と思われる金額だけの両替にしてドル払いで調整しつつ乗り切るつもるでいた が、最後の夕食時にはメニューの値段を細かく計算しながら注文する綱渡りに なってしまった。

スカちゃんと友達
Copán遺跡の入口あたりで、QPが「あっ、スカちゃん達がいる」と声をあげる ので目を凝らしてみると、色鮮やかな鳥がいる、まぎれもなくグアカマヤだ。 QPにしてみれば、グァテマラの北の方にはグアカマヤがいるという話を聞いて いたのにジャングルを歩くばかりでいっこうにそれらしき鳥に会えないのに失 望していたところで降って湧いたように現れたグアカマヤに大興奮。職員のお じさんに聞いたところでは、全部で18羽いるそうで、餌付けはしているが自由 に飛び回って野性に近い形で生息しているらしい。私もグアカマヤが羽を広げ て飛ぶのを見るのは初めてで、その美しさにしばらく見とれていた。ひときわ 美しい鳥は昔のマヤ人達にも特別のものであったようで、Copán遺跡の石の彫 り物のなかにはたくさんのグアカマヤが出てくる。
Copán Estela

Copán遺跡は、わざわざ来たことに後悔しないだけのものであった。Tikalより 規模は小さいし、取り囲むジャングルの環境もやや見劣りする。しかし、石の 彫刻がすばらしいこと、一つ一つの石碑の前にたって「うーん、これはすごい」 とうなり声を上げてたたずむことしばしで、こんな経験は今までに訪れたマヤ 遺跡の中では初めてのことだ。Copán遺跡を売り込む側もそのへんを心得てい て、遺跡の入口で買ったガイド本には「Tikalがマヤ世界のニューヨークなら、 Copánはマヤ世界のパリだ。」と例えていた。

遺跡は半日くらいで見学できると聞いていたが、ゆっくり見て回り付属の博物 館も見ていると丸一日費すことになった。結果的にCopán Ruinas近辺の他の場 所を訪れる余裕はなくなり、ホンジュラスでは遺跡観光のみとなった。

Lívingstonのホテルで隣部屋に泊まっていたイタリア人カップルに遺跡の博物 館でまた出会い、「私達と同じコースをたどる観光客もけっこういるものだ」 と知る。Tikalではかなり見かけた日本人観光客はCopán遺跡でもCopán Ruinas の町でも見なかった。Tikalにいたときは冬休み中だったが、Copánに来たとき は冬休みが終わってしまうころだったのが影響していたのだろう。

13時間のバス旅で一気にXelaへ

国境で例の非公式手続きで新しい90日スタンプをパスポートに押してもらった ら、もうグァテマラシティーに用はない。さっさとXelaに帰るのみである。し かし、Xela はそんなに近くない。またChiquimulaまでマイクロバスで戻り、 そこからチキンバスに乗ってグァテマラシティーまで4時間。チキンバスには 時刻表などというものはなく、人が一杯になったら発車するという感じなので、 バスに乗って待っていなければいけないのか、それとも少しお茶でも飲んで休 憩してから乗り込んだらいいのか、このへんの判断がつかなくて困る。 Chiquimulaでの乗り継ぎでも、何か発車しそうな雰囲気だと思ってバスの中で 食べるものの買い出しをおおあわてで済ませて乗り込んだのだが、その後15分 以上待たされてしまった。

グァテマラシティーではXela行きのファーストクラスバスになんとか間に合っ て、再びバスに揺られること4時間半。ファーストクラスバスは、さすがにちゃ んと時刻表があるので、計画的に行動できてありがたい。

結局Copánを出てから13時間、それもほとんど休憩もせずにバスを乗り継いで の旅でやっとXelaに帰り着く。グァテマラのバス移動は新幹線の様な乗物があ る日本の事情から考えると途方もなく時間がかかる。それでも、運賃は安いし 国内のいろいろなところを自由に行き来できることはありがたいことだ。

グァテマラの北部から東部を回り、ホンジュラスにも足を伸ばした今回の旅は ちょっとした大旅行だった。終わってみれば、家族みんながそれなりに満足で きていい旅行だった。次に行くのはどこか、また長時間バスに揺られることだ けは間違いない。

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